柔造はイライラと何通目とも知れないラブレターを握りつぶした。文字通り握りつぶしたのもあるし、実際に届けるべき相手へ届けないという意味でも握りつぶしているから、その行動はいずれにせよ決して褒められたもののはずがなかった。

「ダンスパーティーとかいろいろ問題あるわ」

 ケッと吐き捨てて言った柔造は気を取り直すように喫茶店の裏方でパイプ椅子を引いた。そのセリフと様子に「問題あるのはお前だろ」という言葉を飲み込んだクラスメイトは少なくない。

「なあ、志摩。それ、2年の宝生さん宛てだろ」
「は!?そうやとしてなんで俺があいつに渡さんといかんの?」

 ありえへん、と続けたこの同級生が尋常でないほど一年後輩の宝生蝮包囲網を固めていることを皆知っているからこそ、お前を通さぬわけにはいかず仕方なくお前に渡すんだよ、という倒錯的状況陥っている蝮への恋文事情は、今日の学園祭にも及んだようだ。ダンスパーティーもあるわけで、柔造たちのクラスの喫茶店に寄って接客が柔造だったところに渡されたものらしい。

「でも別に宝生さん付き合ってる人とか」
「なんやねん!?あかんやん、蝮が俺以外と付き合うとか!!」

 いやお前彼女いるくせに、ていうか告白してないのにその独占欲どうよ、というのも常日頃からほぼ全員が考えていることなので言ってもきりがない。そう察してクラスメイトの一人が彼に声を掛ける。

「まあいいや、いつものことだし。志摩、ちょっと昼飯買ってきて。たこ焼きとか焼きそばとかなんでもいいからさ」





「これってほんまに面白いんやろか」
「面白い、じゃなくて萌えだよー!」
「もえ…」

 2年生の蝮のクラスはたこ焼き屋をやっていた。調理に回る予定だった蝮だったが、接客担当の子と変わってくれと言われてしまったのだった。靴擦れかなにかで保健室に絆創膏をもらいに行っている間だけのピンチヒッターらしい。

「宝生さん調理とか言うからさー、これあたしたち宝生さんにもやってみてほしかったんだよね!!」

 キラキラした目の同級生に言われれば断りようもない。なんだかんだと塾が忙しくて友達ができにくいと思っていたのは蝮だけで、クラスメイトとしてはそんな蝮に様々な理由をつけてカラオケに誘ったり、カフェに行ったりしようといつも画策していた。しかし成功するのはいつも四分の一くらいの確率しかない。蝮はそれだけでも一年以上学校に在籍してやっと馴染めてきた、と思っていたが、クラスメイトの彼女たちからすると臍を噛む思いなのだ。だって、その四分の三をかっさらっていくのが大抵志摩柔造だったのだから。色男で鳴らしている志摩柔造も、幼馴染、同じ塾というのを笠に着て宝生さんから楽しみを奪っている、いつも彼女いるくせに宝生さんの彼氏みたいな態度で、程度にしか思われていないことを蝮も柔造も知らなかった。
 だから今日は素晴らしい、と彼女たちは思っていた。柔造は柔造で忙しくしているはずだったからきっと邪魔立てされまい。蝮に接客用のフリフリのエプロンを着せて、カシャーと携帯のカメラを向ける。

「似合ってるー」

 保健室に行った同級生にもその写真はすぐに送られる。クラスメイトの蝮を着飾る魂胆になど当の本人はもちろん気が付いていない。

「それでね、これをさっき言ったみたいにね」

 だから、蝮を着飾ることに熱中していたクラスメイトも、蝮自身もそのことに気付いていなかった。

「あ、ほらお客さん!宝生さん、はい」
「え、うん」

 袋にかなり大量のたこ焼きが入っている。たぶんクラスの分を買ったのだ、と思いながら蝮はその買い物に来た人にはにかむように笑って言った。

「美味しく食べられるようにおまじない掛けときました」

 マニュアル通りのその接客に、買い物に来た人、基、志摩柔造が膝から崩れ落ちたのは言うまでもない。





「志摩お前、たこ焼きよこせよ、俺たちの昼飯!!!」
「あかんねん、仕方ないんや、自然の摂理でこのたこ焼きは俺だけが食べることになってしもうたんや」
「じゃあせめて代わりの昼飯買って来いよこの馬鹿野郎!!!」





「あかん、絶対志摩から阿呆や思われたんや…あんな、あんなショック受けるほど…」
「志摩先輩が買い物に来るの想定してなかったっていうか」
「塩送っちゃったね…」





 などという事情を加味した結果、柔造が蝮と結婚する旨を高校時代の同級生に伝えたそれは、様々なルートから蝮の同級生にも伝わった。
 などという様々な事情を、しかしながら蝮だけが知らないのである。


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蝮さんおたおめ!!

2017/6/4