「死んだってえかった。……違うな。死にたかった」

 私は病院のベッドに背中を預けて柔造にそう言った。
 自分の言葉が本物かどうか、外側から俯瞰するように、私は私の言葉を精査していた。
 不浄王の討伐から月日は過ぎて、もう暦の上の春は来た。二月の五日。この日をこんなにも陰鬱で、こんなにも凄烈な感情で迎える日が来ると、私は思っていなかった。
 だけれどそれは、私の願いそのものだった。

「もう、終わりにしたかった」

 無味乾燥な私の声を、彼は静かに聞いていた。

「この世界に飽いていた」

 告白する。
 私は誰よりもこの男を愛している。
 誰よりも、何よりも、この男を愛している。

「あんたをいつか奪う、この世界に飽いていた」

 私の手に、柔造が触れた。もう手を握り返すことすら億劫だった。私の体はもう私にまつろわぬような気がしていた。

「俺もや」

 ああ、分かっていた。分かっていたから聴きたくなかった。分かっていたから聴きたかった。

「俺も、倦んでいた」
「ああ」
「お前をいつか奪って、平然としているだろうこの世界に、倦んでいた」

 私たちは小さく微笑んだ。薄らとした冷たい感情が互いの内側から漏れていく。
 私たちは互いに明陀というこの組織に相応しくない総領だった。
 だけれど私たちは、きっとここに生まれなければ出会うことも、惹かれ合うこともなかっただろう。
 それが運命、それが宿命、それが定め。
 そうするよりほか、生きる道のない私たちは、なんて不器用で、愚かで、浅ましい。

 添い遂げたいと願うことすら許されぬ、私たちは、ではどう生きればいいのだろう。

「あんたはまだ私に生きろと言うのか」

 それは呪詛。それは怨嗟。

「私のこの思いを知りながら、お前を愛しているという言葉を聴きながら、未だ私に生きろと言うのか」
「そうや、な」

 静かに言って、柔造は私の手を撫でた。彼の大きな手から伝わる体温が、今は厭わしい。


 もっと上手に生きたかった。
 もっと奇麗に生きたかった。


「もっとずっと優しい世界で、あんたを愛していたかった」

 誰も喪われない世界で、貴方を喪わなくて済む世界で、私は貴方を愛したかった。

 それでももし、貴方が私に生きろと言うなら、私はきっと生きるだろう。

「生きよう、蝮」

 ああ、私たちは、ここにしか生きられない。
 なんと悲しく、なんと空しく、なんと嬉しいことだろう。

「俺たちは、これしか生きる道を知らんから」

 嗚呼、この穢土に、私はお前を支えに生きるしかない。
 この穢土に、お前は私を支えに生きるしかない。
 嗚呼、だけれど、お前が生きろと望むなら、私は生きよう。


 私は貴方に疵をつける。
 貴方は私に疵をつける。


「私たちは、間違いなく愛し合っている」

 言葉に柔造は肯いた。もう言葉はいらなかった。


 春立つ日が過ぎて、私は貴方に疵をつける。
 年を一つ経て、貴方は私に疵をつける。
 その疵が生涯消えぬことを、祈っている。
 私はお前を愛している。
 お前は私を愛している。
 だから私たちは、この世界に生き続けるしかない。


 私に永久の夢を見せて。
 貴方に永久の夢を見せる。


 とわにわたしはあなたのもの。
 とわにあなたはわたしのもの。


 色は匂えど花は散り、我が世の全ては壊れ行く。
 有為の奥山越えられぬ、浅き夢など見る遑なし。




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色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ
有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず

「いろは歌」より
2016/02/02