「あてだって好きで蛇顔な訳やないもん」

 ぽつんと言われた言葉は、「相変わらず蛇顔のドブス!」言い捨ててコピー室を後にした柔造には届いていない。


(う、うわああああああ!!!)


 しかしながら、その場に居合わせて、その言葉を聞いてしまった柳葉魚は叫び声を上げそうになる自分の口を必死にふさいで、心の中で絶叫した。

(なんで隊長はここまで悪手を打ち続けることができるんやああああ!?)


堂々巡り


「おかしいやろ、どうかしてるわ!!」

 バンバンと柳葉魚は机をたたいた。ちなみにコピー室からの立ち去り際、涙目の蝮本人から

『あて、そんなに蛇っぽい?』

 と聞かれて、なんと答えて良いか分からず、本当のことなので

『お綺麗ですよ?』

 と言ったらなぜかその話『だけ』は次の日には一番隊隊長の耳に入っていて(どういう仕組みなのか、明陀宗への所属の有無を問わず京都出張所の男性職員が蝮をほめると最短一時間、最長一日で柔造の耳に入るようになっていた。仕組みが知りたい、と思っている職員は少なくない)、私刑に処されそうになったのが30分前だった。昨日の隊長のせいですよ!!と叫んだら、柔造は拳を止めて、考えること数十秒、思い当たる節がなかったからか、もう一度笑顔で拳を握ったところで、父である所長からの呼び出しを食らった。

『柳葉魚…覚えとけよ』

 と捨て台詞を吐いて部屋から出た彼を見て、今日は宿直の一番隊の面々はひどく理不尽な気分を味わっていた。

「どうせまたくっだらないことで蝮さん苛めたんやろ…」
「蝮さんのこと蛇顔のドブスって」

 顔を覆ってさめざめと柳葉魚が報告したら、全員が深いため息をつく。
 ちなみに、そういう子供じみた悪口を言った張本人が隊長を務める一番隊に限ったことではなく、志摩柔造が宝生蝮に対して恋愛的な意味の独占欲の塊であることを、宝生三姉妹以外の全職員が知っていたから悲劇である。志摩金造でさえ知っているのだから終わっている、と彼らは思う。

「別に付き合うとる訳でもないけど…隊長はもう付き合っとるつもりみたいなあれやし…」
「蝮様には伝わってないけどな」

 その一言にみな一様に固まる。いつものこと過ぎて分かっているけれど、本当にやり切れない。

「まああれやん。隊長も若干、若干は、互いに跡目やさかい無理、みたいなわがまま的な何かがあるのかもしれんよ…?」
「え、それ蛇顔とかドブスとか言って蝮さんを意味不明に傷つける理由になります?」

 柳葉魚の真っ当な感性による一言に、その場の全員が口をつぐんだ。
 ちなみに、そういう子供じみた悪口のせいで彼が言い捨てた後にいつも涙目になっている宝生蝮が、志摩柔造に対して恋愛的な意味で好意を持っていることも、宝生家の妹二人以外にはまるっと筒抜けのため、これは悲劇として成立するのであった。





「ドブスって言ったもん!」

 だからこの事態は柔造本人が招いた自業自得である。

「だって、志摩あてのこと何回も蛇顔のドブスって言ったもん!」

 ほんまはそう思っとるんやー!!と叫んでビッグサイズナーガとともに走り去った蝮に、柳葉魚と熊谷は「あーもう走れるようになったんやー。良かった良かった、思うてたより魔障軽そう」くらいの感想しか持たずに虎屋の一室でお茶を飲んでいた。

「うそやん…」

 彼らがお茶をすする部屋に面した縁側の廊下に膝をついて打ちひしがれている一番隊隊長こと志摩柔造は、先日、助け出した宝生蝮との結婚を宣言してから、毎日このような感じに過去の悪口雑言やら錫杖でぶったことやらを論われている。

「自業自得ですわ」
「俺そんなこと言ってた!?言ってた!?」
「めっちゃ言ってはりましたよ。蝮さんたまにマジ泣きしてはりましたよ」
「柳葉魚、あんまり傷口に塩塗り込まんでな。事実でも可哀相やろ」

 「うそやん…」ともう一度つぶやいた彼に「嘘ではないです」と二人が口をそろえたのはだから当然のことだった。





「蝮がブスなわけないやん!」
「嘘や。志摩ずっと言ってた…」
「あれは周りにブスって思わせとくことでお前に男が寄り付かんようにしてたんや!」

 何それヒドイ、頭悪そう、と通りがかった金造でさえ思った。通りがかった虎屋の一室で柔造が蝮を口説き落とそうとしている場面にどうして遭遇してしまったのか、と彼は本気でこの廊下を通ったことを後悔したが、この暑い夏に、東京へ人が帰っても京都出張所の人間でいっぱいのこの旅館の襖も簾も基本的に開けっ放しであるから、被害者はおそらく金造だけではないだろうと思われた。

「錫杖で何遍もぶった…」
「それは…その、その場のノリ?」

 ノリで何遍もぶつなや、と自分もやっておきながら思った金造は、だけれど何も間違ってはいなかった。しかし、その後の展開に金造は本気で二人が心配になった。

「ほんま?」
「うん、俺が蝮のこと嫌いなわけないやん!」
「ほんとに?」
「蝮以外いらんし、蝮が一番好きやし、蝮がこの世で一番かわいらしい!」
「柔造、あんな」

 なんで名前呼びにもどってんだよこの展開でどっちもおかしいだろ、と金造は完璧な標準語をもってして脳内でツッコんでおいた。その後に続く言葉がだいたい予想できたからである。


「あても、柔造がいっとう好き」





「あれやん、元鞘?」
「なんで金造さんもここにおるんすかね」

 柳葉魚と熊谷だけでなく、いつの間にか一番隊の休憩室になっていた虎屋の一室に、金造はいつの間にか入って、スポーツドリンクを飲んでいた。支給品だった。
 どうせ元鞘なのだ、蝮だって柔造のことが好きだったから、どうせ一定期間経ったらこうなることは少なくとも明陀宗内ではだいたい予想通りだったが、どこか釈然としない気分があった。

「今晩どっか食いにでも行きます?」

 誰からもともない提案に、その場にいた全員がうなずいた。
 目出度い気分半分と、いろいろと疲れが出てきた気分半分である。焼き肉とかステーキとかそれに類するとりあえずがっつりしたものが食べたい、暑いし、と全員が思った。

「金造さんのおごりで」
「なんで!?」
「連帯責任的な」




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アニメで「蛇顔のドブス」って全力で柔造さんが言っていたのが妙にツボったので。
副題「明陀の寺のまむし」

2017/01/19

2017/01/20