ドーンと音を立てて光を放つ花に、子供たちのきゃらきゃらという笑い声が響いた。


長い


 その寺の屋根の上では、明陀の子供たちが柔造と蝮の監督の下で花火を見ているのだった。

「おとんと八百造と蟒も呼んできてや!」
「仕事あるんですわ、今日は俺たちが付いてますから」

 よほど楽しいのか、大人たちにも見せたいのだろう竜士の言葉に柔造がそう返す。それに竜士が何か言うよりも先にドンとまた花火が上がる。そうすれば、すぐに興味はそちらに移った。
 遠くに咲く大輪の花を見ながら、はしゃぐ子供たちの中で、寂しそうにしている子猫丸を目ざとく見つけたのは蝮だった。

「はあ、暑いこと。子猫丸、あてと下で涼もな」
「おい、蝮!子猫丸付き合わせんなや」
「うるさいお申やこと。ほれ、子猫丸、行くえ」

 そう言えば、子猫丸は蝮にすぐに負ぶさった。それで柔造は、子猫丸が疲れているのに気づいたのだろうと思い、二人が安全に下りられるように梯子を抑えたりしながら、二人が下に行くのを見送った。





「子猫、ほれ、線香花火。どっちが長くできるか競争や」

 花火観覧の屋根の上の喧騒とは打って変わった寺の裏庭で、蝮はバケツと20本はありそうな、こよりの線香花火を子猫丸に見せて笑った。

「蝮姉さん、その…あの…」
「ええのよ。竜士様も悪気があったわけやないやろから、気にせんであげてな」

 そう言って蝮は子猫丸に線香花火を一本手渡し、そのままその小さな子供の手を握った。

「子猫のお父様とお母様は、明陀のために、子猫のために、強く生きたんよ」

 小さな子供の手が震え、それを包む蝮の手にぽたりぽたりと涙が落ちる。
 ちょうどその時、大輪の花が宙に浮かび、花火大会は終わったようだった。

「あてらも競争しよ。言うとくけど、あては線香花火は得意やよ」

 こくこくとうなずいて、子猫丸はごしごしと目元をぬぐった。
 その二人を、寺の中にいないからと探し回っていた柔造は、何も言わずに静かに見つめていた。





 ドーン、ドーンと音を立てて光を放つ花火を、蝮は虎屋の一角から眺めていた。身重の体で屋根に上るなんて無理だが、無礼講と虎子から許可をもらったその上からは夏休みで帰省している竜士や廉造、それに彼らの保護者になったらしい金造のたまやだかかぎやだかはっきりしない掛け声が聞こえてきて、それを聞くにつけ、花火よりもそちらにばかり、蝮は笑っていた。
 挙式から半年と少しの夏。それはつまり、あの過ちから一年の夏。

「幸せもんやなあ」

 そう思いながら、彼女は遠い花火の火を見ていた。その時だった。

「蝮姉さん」

 子猫丸と、夫である柔造が虎屋の奥から何か持って歩いてくる。

「どしたん?二人とも上で見てたんちゃうんか?」

 そう言えば、少し恥ずかし気に顔を俯けた子猫丸の代わりに、柔造が言った。

「線香花火、蝮と一緒にやりたいて子猫が言うから俺も来た」
「蝮姉さん、勝負です」

 今度こそ晴れやかに笑ってこよりを差し出した子猫丸を、蝮は思わず抱き締めていた。

「ごめんな、子猫」
「えっ、いや、あの」
「ごめんな、あんたが一番、家族もなくして、僧正継がされて、つらかったなあ」

 泣きながら蝮はそう言った。その背中を、柔造は軽くたたくように撫でた。

「あては、あんたからまた奪ってまうところやった。ごめん、ごめんなぁ」

 そう言って子猫丸を抱き締める蝮に、子猫丸も泣き出した。

「ちゃうんです。あの時、蝮姉さんは僕のわがままみたいなことに気付いてくれたから。なくしてしもたもの、悲しかった時に、一緒にいてくれたから。だから…」

 子猫丸は手に握った線香花火をぐっと握りしめる。

「蝮姉さんまでいなくならんくて、ほんまに、ほんまに良かったって、蝮姉さんを柔造さんが助けてくれて、幸せになってくれて、ほんまに良かったって思うてるんです」

 幼い日に、彼にとっての「大人」は柔造と蝮だった。それは今もそのままなのかもしれないと子猫丸は思う。その誰も欠けなかった奇跡のようなことに、彼は今も安堵している。

「子猫は優しいなあ」

 ゆるゆると彼を放した蝮の、大きくなったお腹を柔造が撫でる。

「なー、子猫。生まれた子ぉには、お前も経とか教えたってや。お前も生まれてくるこの子の兄貴みたいなもんなんやからな」
「僕が、ですか?」
「何驚いてるん?子猫かて家族やろう?」

 柔造と蝮に言われて、子猫丸はじんわりと温かな思いが広がるのを感じた。

「そうですね。じゃあ、この子に教えるために線香花火の練習しましょ」

 そう言って笑った子猫丸に、蝮は楽し気にこよりを一本受け取る。柔造もそれを一本持って、用意したバケツとろうそくを横に置いて、ぱちぱちと、虎屋の縁側で三人が花火を始める。
 あの日からどれだけの数の夏を越えてきただろうと蝮の脳裏にふとそんな思考が落ちた。


 長い長い夏、止まっていた夏。


 ぽたん、と誰かの火の粒が落ちた音は、夏の夜を切り裂く大輪の花の音に紛れて、誰にも聞こえはしなかった。




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季節外れ

BGM「長く短い祭」
2018/01/19