鬼は内外


「毎年思うねんけど」
「なに?」

 居間のこたつにあたりながら、柔造は福豆のパックを開けていた。
 蝮が「志摩蝮」になって一ヶ月余り。今年の2月3日、節分は、家の全ての戸に豆をまき終わってからのことだった。先ほど台所の裏口に二人でまきに行ったときに、裏の勝手口を見ながら、蝮に言われたことに柔造はんなとなく満たされていた。

『柔造も、あてがこないなことになっとるからたまにおさんどんしてくれるもんなあ。ほんま、疲れてるのにごめんな』

 蝮を支えられている、ということがどうしようもなく嬉しい。今までずっと見逃して、すれ違って、最悪の事態になるかもしれなかった彼女を支えられるのが嬉しい、と柔造は感じていた。
 その平和な日常を守らなければ、もう絶対に彼女の心が傷つかないように、と思いながら彼は豆をまいていた。日本、そして世界は、今、悪魔、いや、イルミナティと騎士團との戦いが熾烈を極めている。勝呂も、弟である廉造も、子猫丸も巻き込まれているそれでも、柔造は京都出張所を離れられない。挙式の時に剛造から「外のことは任しといてや」と言われてはいたが、心配には違いないのだ。
 それでも、自分にできる範囲で彼女を、明陀を守ろうと柔造は誓っている。

 というようなことを考えながら豆をまいて、それから居間でぽりぽり豆を食べているところである。

「いやな、毎年思うねんけど、俺って何個食うたらええねんやろな。2日後やぞ?」
「今の年齢でええんとちゃうの?」

 蝮は番茶をすすりながら適当にそう言ったが、柔造はすっかりと真面目な顔で言った。

「2日後に年上がるから2日後から効力切れたとかそういうん、嫌やん」
「子供やないんやから…」

 呆れたように言った蝮に、柔造は年甲斐もなくこたつの天板にだらっと上半身を伏せた。

「まーよーうー」

 そう言った柔造の口に、蝮はいり豆を二粒放り込む。

「うわっ!なにすんのや、窒息させるつもりか!?」

 そう言ってもごもごとそれを食べた柔造に、蝮は笑った。

「あてからちょっと早い誕生日プレゼントや。これやったらええやろ」

 そう言ってほほほと笑う蝮に、柔造は敵わないなと頭をかいた。

「まー、蝮からもらったもんやったら蝮を鬼から守るにもちょうどええな」
「またこの誑しはさらっとそういうことを」

 そっぽを向いたが耳まで赤くなっている蝮に、柔造は何度も考えていたことをまた思い、安堵する。

 蝮は生きて、ここにいる。隣にいる。
 すれ違った、間違った、取りこぼした。
 だけれど、生きて、隣にいてくれる。

「そやけど、幸せなんや。幸せになったらあかんと思うてたけど、あんたが拾い上げてくれたから」
「何遍だって、拾い上げる。俺は一回お前を手放した。もう、そんなことせん」
「あても、もう柔造の手を放さんよ」

 ごめんな、と言おうとした蝮の唇に、柔造は煎り豆をあてた。

「それは言わない約束やろ」

 謝っては駄目だ、と柔造は言う。謝りたいのは分かる。だけれど、二人の時はせめて謝らないでほしかった。互いにたくさんのことを間違えてきたのだから。それは彼女だけではないのだから。

「ありがとな」

 蝮は泣きそうな笑顔で言って、それから居間の端の戸棚を開けた。

「こないな話してたら渡してまうわ」
「ん?」

 そう言って、蝮は戸棚から取り出した包みを柔造に渡した。

「2日早いけど、誕生日のプレゼント。今の話しとったら先に渡してまおうと思うて」

 ほい、と渡されたそれを、柔造はいそいそと開ける。中に入っていたのは、黒衣用のコートとマフラーだった。

「コート、擦り切れとってなあ。和装用やから繕ってたけど新しいの頼んどいたわ」

 そこまで言って蝮は目を逸らす。

「なあ、ありがとうなんやけど、マフラーってこれ、蝮さんとこないだ一緒に買い物行ったときに買った毛糸と同じ色に見えるんですけども?」

 にやにやと笑いながら言った柔造に、蝮は顔を真っ赤にしてしまう。

「手作りかー。なんか新婚と恋人期間両方楽しめててええわあ」
「言っとくけど、あて、お腹の子ぉのこともあるし、片方見えへんのやから、目とか飛ばしてても文句言わんといてよ」
「愛妻の手編みマフラーに誰が文句言いますかいな」

 そう言って、柔造は蝮を引き寄せて口づける。

「ちょっ!調子乗るなや!」
「ええやん、新婚ですし?」

 そう言って蝮を抱きすくめ、更なる口づけを降らせようとした時だった。

「ただいまー」
「出張所と不動堂の豆まき終わったでー」

 八百造と金造の声に二人はハッと振り返る。

「えーっとな…まだ夕方やし…」
「おとん、しゃーないねん、この二人ドアホやから」

 新婚夫妻に呆れたような二人の言葉に蝮はすごいスピードで立ち上がる。

「今、お茶入れてきます!」


「おとん空気読めや!ちゅうかドアホにドアホ言われたないわ!!」

 台所へと去っていった愛妻の後ろ姿に、こたつをバンバン叩いて柔造は抗議したが、生ぬるい二人の視線は変わらなかった。




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柔造さん誕生日超フライングでした

2018/01/17
BGM「一滴の影響」「弔辞」