「どこ行ってた?」

 ぴょんっと肩に飛び乗ったやちるに問うと、彼女は満足げな顔をして答えた。

「シュウちゃんとこ。剣ちゃんみたいに髪に鈴つけてあげたの!」

 その返答に、剣八は小さく息をつく。

「あまりいじめるなといつも言っているだろうが」
「いいのー!だってシュウちゃんだもん!」

 よく分からない理論を展開するやちるに何を言っても効果がないことを覚ったのか、剣八はそれ以上何も言わずに歩を進めた。その肩の上で今度はやちるが息をつく。

「どうした?」

 問いかけて肩口をのぞけば、先ほどまでの楽しそうな顔はどこへ行ったのか、沈痛な面持ちでやちるが項垂れていた。彼女が憔悴する、ということ自体が珍しいので、少し気になって歩みを止めると、やちるは剣八の肩から飛び降りて正面に立ち、剣八の袴の裾を握った。

「シュウちゃんね、目の下が黒かったの。顔もね、真っ青なの」

 そう言って息を吸い込むと、堰を切ったようにやちるは続けた。

「腕も、体も折れちゃいそうに細くなっちゃってね、あたしが後ろに行ったのに、気づいてくれなかったの。背中、ぎゅってしたらやっと気づいてくれてね、シュウちゃんいつもだったら、近くに行っただけで気づいてくれるのに…でも笑うの。それなのに笑うの。」

 いつからだろう、彼が自分のことを名前で呼んでくれなくなったのは。
 いつからだろう、彼が泣く代わりに笑うようになったのは。

 その溝が、また開こうとしている。理由は簡単に想像できた。

 ―彼はまた裏切られたのだ。

「どうしてシュウちゃんばっかり置いていかれるの?どうしてシュウちゃんばっかり失くしちゃうの?」

 憧憬を、思慕を、尊敬を、信頼を―
 何故こんなにも簡単に裏切られなければならないのか。

 泣き出しそうなやちるの頭を、剣八の大きな手が撫でた。

「そう思うんなら、お前は絶対裏切らなきゃいい」

 たったそれだけのこと。剣八の簡潔な言葉は、いつもやちるに光を与える。

「あったりまえでしょ!」


大丈夫、あたしは―


どこにもかない




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東仙離反後、「君には敵わない」やちるサイドでした。短い上に、微妙に始まって微妙に終わりますね…;
保護パラレルでは、拳西さんがいなくなったところで泣かなくなった、東仙がいなくなったところで笑うようになったという裏設定があります。
やちるの名前を呼ばなくなったのは入隊時かな。よく考えたら副隊長の大先輩。
パラレルですから、タイムラグについては目を瞑ってやってください。
2011/5/10