院の裏手で、包みを乱雑に開く。時間から考えるに、昼休みがそろそろ終わる頃なのだろう。院生たちの喧騒は、徐々に建物の内側へと消えていく。
朝、花屋で買った白い百合の束は、包みから出すとむせ返るような香りを放った。
「菊にしときゃあ良かったかな。でもさあ、毎年思うんだけど、蟹沢って百合の方が似合う気がするんだよ。悪いな、青鹿」
小さく笑って、俺は人のいないそこで、石に向かって声を掛ける。彼らに、それが届いているとは思わない。
「今年は、ほんとにいろいろあった。お前らのことも、少しだけ分かった…って、そんなの言い訳にしかならねえよなあ…」
墓石に水を掛けて、周りに生えた雑草を抜き、百合の花を手向ける。その間中、俺はぽつぽつと独り言のように、あるいは譫言のように言葉を落としていた。それは、自分に言い訳をするのにも似ていた。
様々なことがあった―彼らが何故死ななければならなかったのか。その一端も俺は知ることになった。だが、誰が差し向けたとしても、何が起こったとしても、二人を守れなかったのは間違いなく自分だという事実に、変わりはなかった。変わりがあって欲しかったのか、という問いには、否と応えるほかない。例えば誰かに責任をなすり付けて、それで過去が清算できるなどということは、起こるはずがないのだから。
「悪かった」
たくさんのことがあったのに、結局口からこぼれたのは、いつも口にする言葉だった。だが、含まれる言葉の色合いは、大きく変わった。ただ二人を守れなかっただけではない。その根源に気がつかず、のうのうと、その下で過ごしてきた俺を、二人はもう赦さないかもしれない。
「…この刺青、なんだって聞かれても、答えられなかっただろ?もしかしたら、来年ここに来る時は、答えられるかもしれないんだ。……来てもいいか?」
まだ俺は、ここに立つ資格を失っていないだろうか、と。問い掛けに応える者はいない。
風が吹いて、百合の香りを運ぶ。香りをまとった風が頬を撫でる。泣いてもいいと言うように。だけれど、涙は出なかった。
「また来る」
来年は、菊にしようと思った。たまには違う花もいい。だが、毎年そう思って、俺は結局百合の花を買う。だから多分、来年も、ここに供えられるのは百合なのだろうと思う。
隊首室の扉を開ける。窓から差し込む西日が、橙にその部屋を染め上げているほか、そこには何の色もなかった。この部屋の次の主が、何を好み、何を嫌うか、俺は知らなかったから、色彩の強いものは何一つそこにはなかった。
竹で編まれた花入れも、簡素な白だった。床の間にはもう陽の光が届かず、ただ一つ置かれたそれは、濃い影を落とすだけだった。
そこに、白い花を一輪差す。白く小さな花。よく覚えている。この副官章に描かれた花の意味を、俺は忘れなかった。
「けん…せい…」
ぽたりと、ずっと堪えていた滴が落ちる。彼女の前でも、彼の前でも、彼らの前でも落とせなかった滴は、ぽたりぽたりと、とどまることなく床に落ちた。
「けんせい…」
夜の闇が押し迫っている。静かに主を待つ部屋に、昔の、何も知らない時のままにあの人の名を呼ぶ声が、響いては消えた。
欠落したのはあなた
欠落を埋めるのは私
忘却を勧める花は、あの人がこの部屋に来る時には、きっと枯れているだろうと思った。
拳西復帰記念
2012/1/19