「シュウちゃん!!」
「のわっ!」

突然背中に感じた重みに修兵は前のめりに倒れかけた。重みの元凶は容易に知れて、そんなに重いものではないが、落としてしまわない様に慎重に、猫でも掴む様に襟を掴んで背中から引き剥がす。

「草鹿!俺は忙しいんだよ!」
「いいから遊んでよ。」

全く話を聞こうとしない、自分よりかなり低い位置にある桃色の頭を修兵は適当に撫でた。

「だぁかぁらぁ、俺は忙しいの。お前だって副隊長なんだから少しは働けよ。」

諭すように言うが効果はない。好奇心たっぷりの視線がニコニコと見上げている。この辺りで修兵の背中には冷たい汗が伝い始めた。

(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!今日はまだ編集作業が残ってて、ていうかなんでここにやちるがいるんだよ!いろいろ無理だ、今日で何徹目だと思ってんだ、このタイミングでやちるは無理だ!)ジリッと思わず後退さるが笑うやちるから逃げきる方法というのを修兵は知らなかった。






「えーしまさぁーん」

泣きながら駆けてきた修兵を衛島は慣れた手つきで抱きとめた。

「修兵、また草鹿副隊長にやられたのかい?」

抱きとめた頭を見れば、色とりどりの紐で乱雑に髪が結いつけてある。鳥の巣か何かのようになってしまった無残な頭を撫でつつ、紐を解いてやるが修兵は泣き止まない。

「やちるがぁ、ぎゅうぎゅうひっぱってぇ」

そこから先は嗚咽で声にならなかった。
流魂街から拳西が連れてきて、九番隊で保護するという形に落ち着いた修兵は、最近、十一番隊副隊長、草鹿やちるのお気に入りだった。といっても、それは一方的な「お気に入り」で、有体に言えば、修兵はやちるの玩具にされているのだった。
延々と追い掛け回されたり、木の上に追い詰められたり、今日の様に良い様に遊ばれることはもう日常茶飯事だ。よく飽きないものだと衛島は思うが、やちるとしては、自分と同じくらいの体格で、つつけば面白いように反応しては泣く修兵で遊ぶのが楽しくて仕方がないのだろう。
修兵とて抵抗しない訳ではない。だがそうやって抵抗することがまたやちるの好奇心を刺激しているのだ。結果、修兵はやちるに追い回される。

「はい、全部取れたよ。ほら、もう泣かない。」

見た目以上にたくさんついていた紐を全て取り去り、くしゃくしゃだった髪を撫で付けてやる。まだしゃくりをあげている修兵の頭を撫でてやると、うつむいていた修兵がぱっと顔を上げた。

「けんせーには言わないで!」

大層必死な様子で言った修兵に、敵わないなぁと衛島は頭を掻く。修兵はこうやってやちるに遊ばれて泣かされるのを、拳西にだけは知られたくないようで、いつも泣きついた相手に釘を刺していた。弱いと思われたくない一心でのことなのだろうが、その健気さが衛島を初めとする九番隊の隊士たちにはとてもかわいらしく映る。

「言わないで!」

先ほどよりも大きな声で言われて衛島はにこりと微笑んで小指を差し出した。

「言わない、言わない。」

『指きりげんまん』と歌いながら差し出した小指を絡めてやると、修兵は嬉しそうに笑った。

「ウソついたら針千本のーますっ。指切った!」

先ほどまでの泣き顔が嘘の様に元気な声で言って、小指を離すと、修兵はまたパッとどこかに駆けていってしまった。






チリンチリンチリン

九番隊の隊舎に、瀞霊廷通信の編集中だというのに、その緊張感に全くそぐわない鈴の音が鳴る。
鈴の音は、一番あくせく動いている副隊長、檜佐木修兵の元から聞こえてくるようだった。

『誰か聞いてみろよ。』
『嫌だよ、副隊長だって何か考えがあってやってるのかもしれないだろ?』
『どんな考えだよ!』

その何というか異様な光景に、隊士たちは手元の資料も手につかず、ひそひそと言い合うが、当の修兵はそのことに気づいていない。『お前が聞いてみろ』『お前が行け』とつつき合っているうちに、三席がいつの間にか修兵の前に押し出されていた。

「ええー!ちょっと、待てっ!」
「どうした?何かあったか?」

挙動不審気味の三席に修兵は首をかしげる。それに合わせてチリンと鈴の音がした。

「えーっとですね…檜佐木副隊長…その…かっ、髪につけていらっしゃる鈴はどうされたのですか?」

異様な光景というのはこのことだった。修兵の黒髪に、金に光る小さな鈴がいくつも取り付けられている。思い切って三席が聞くと、修兵は何でもないことのように、鈴の一つに手をやった。またチリンと鈴が鳴る。

「草鹿にやられた。」

心底疲れきった様にため息と共に吐き出した修兵に、一瞬隊士全員が動きを止めた。

「草鹿、副隊長です…か?」

周りの意を汲んで三席が重ねて問うと、修兵は消沈しきった様子で項垂れた。その反動でチリンチリンとまた音が鳴る。

「さっき六番隊に原稿取りに行ったら草鹿に捕まってな。外すの面倒だから、今日の隊務が終わってから外そうと思って…」

徹夜続きで気でもふれたのかと思っていた九番隊の面々は、その返答に胸を撫で下ろしたが、同時に出てきた他隊の副隊長の名前にみな首をかしげた。その空気を感じ取ってか、修兵は力無く笑った。

「敵わないんだ、あいつには。」


君にはわない






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姉上様とメールしている時に『檜佐木が九番隊に引き取られたパラレル設定で、やちるに泣かされる檜佐木とかね。』という文面が出てきました。それに萌え滾った結果がこちら。修兵とやちるの組み合わせって結構いいと思います。やちるの出番が少ないので多分続きます。