ファンシィダンス

 CD買ったら大ハズレ。千二百円どーしてくれんだ。
 そう思いながら、ダウンロードでもなく、再生機器の必要なCDを買った自分自身に自嘲めいた笑みが落ちる。

「まあ、いいんだけどさ」

 そのくらいは払えるし、失敗したのも僕だから、と思いながら、適当に選んで、適当に買って、適当に聴いたら恋愛ソングで、馬鹿みたいに泣いていた自分を思い出し、本気でハズレだ、なんて考える。
 それから経営している会社からの帰路にいたヤンキー(何年前の概念なんだろう)を見つけて思わず呟く。

「ヤンキーなんて大嫌ぇだよ」

 絡まれたら面倒だから、その若人たちには聞こえない範囲でそう悪態をついて、僕はさっさと家に帰った。





「お帰り」
「……なんで」

 そうCDとヤンキーに悪態をついて帰ったマンションの一室に、何でか知らんが久坂がいた。オートロックの鍵は確かに番号を教えた記憶があるが、それでも不在時に部屋に上がるような男ではないことは確かだったから、僕は唖然とする。

「飯は作ってあるが、食うか?」
「……ひとの部屋に勝手に入ったうえ飯まで用意してるとかなんなんだよ、おまえ」

 そう言えば、久坂は至極真面目な顔で溜息をついた。

「晋作」
「聴きたくない!」

 溜息の後に呼ばれた名前に、僕は思わず叫ぶ。叫んで通勤用の鞄をソファに座る久坂に投げつけていた。
 彼は意図も容易くそれを受け止めて、損傷がないか確かめるようにしてから自分の横に置く。その動作さえも今は腹立たしかった。

「晋作」

 それでも目の前の男はもう一度、当たり前のことのように僕の名を呼んだ。

「うるさい!僕を捨てたのは久坂だろ!」

 だって久坂が、だって、可愛い女の子といたから。
 僕はどうせ遊びだったんだから、僕から別れを切り出したって、久坂に捨てられたんだということだけは本当のことだろうと叫ぶように。

「……晋作、僕は未だになぜお前と別れることになったのか、理由を聞いていない」
「お前が僕を捨てたくせに!」

 元彼、なんていう概念の男にそう叫んだら、途端に空しくなった。CD買ったら恋愛ソングの大ハズレ、ヤンキー共は今日も楽しそう。僕は毎日仕事のうえに、一等大事な男にさえ遊び扱いされていた、なんて、惨めすぎて泣けてくる。

「……」

 そう思ったら本当にぼろぼろと涙が零れたのを、観察するように黙って久坂が眺めていた。ムカつく、本当に。
 何か言ってやろう、というか追い出そうと思ったのに、喉からは不明瞭な呼吸しか出てこなかった。

「先週」

 そう思って泣いていたら、久坂が突然口を開く。なんだよ、と思ったら余計に惨めだ。

「従妹といた。年齢は僕より二つ下くらいか」
「……は?」

 言葉の意味が分からず呆然と返せば、久坂は首をひねって、どこか困ったように、それでも立ち上がり、僕の呼吸を落ち着かせるように僕を抱き留めた。

「な、に」

 なにするんだ、別れただろ、おまえには僕なんて遊びだったんだろ、という言葉一つ一つを飲み込むような長く深い口付けを突然されて、涙とは違う意味で呼吸が苦しくなる。
 歯列をなぞり、舌を絡め、上顎や口中をなぞるその感触と水音に頭の中が支配されたころ、久坂はやっと唇を離した。

「はっぁ……」

 酸欠と突然のことの驚きにふらふらして、意識がどうもはっきりしない僕の腕に、彼はその武骨な手で触れてカチリと何かを嵌める音がする。

「な、んだよ」

 よく分からないまま、彼の腕の中で久坂を見上げて問い掛ければ、彼はどこか何か満足げに笑う。

「これを選ぶのに、僕一人ではどうにもならないから、従妹に手伝ってもらったのを何か勘違いしたな、晋作」

 そう言われてふと腕を見れば、そこには銀色の細いブレスレットが嵌められていた。

「……は?」
「指輪はサイズが分からない。だがこれならいいのではないかと思った」

 そう告げられて、僕はいろいろな思考回路が繋がっていくような、それでもまだ何か混乱しているような心持で彼を見上げる。
 先週見かけた女の子は従妹の子?これを買うために?だからは勘違いで別れを切り出して?

「縛っておかないと、晋作はすぐにどこかに行くから」
「それは、久坂の方だろ」

 悋気や、勘違い、それからたくさんのことが恥ずかしくてそう言い返したら、久坂は笑った。

「じゃあ、別れ話はなかったことになるな?」
「……ん」

 小さく肯定したら、久坂は僕の額に口付けて笑った。

「こんなに面倒な恋人がいるのに、他に手を出せるほど俺が器用じゃないのも知っているだろう?」

 いつの間にやら口調が俺に戻っている久坂に寄り掛かって、一言悪態をつく。

「僕は面倒じゃない」
「はいはい」
 久坂は笑って、僕にもう一度深く口付けた。


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「ファンシィダンス」は凄く面白い漫画だから読んでね。

2023/4/23