噛み癖


 先生には噛み癖がある。
 初夜を共にしたときには、どちらかといえばドライというか、そもそも女性に対する経験もないのに僕を抱けるのかという思いはどこかにあったが、あっさりと堕とされて、自分でも悔しいくらいだったが、喘ぎ過ぎて声が枯れた僕に先生は事も無げに

『君も気持ち良かったなら調べておいて良かったです』

 と言ってきたから本当に悔しい。けれど嬉しかったのも確かだった。
 僕なんかとヤルために、男同士のそれを調べていたなんて、嬉しい以外ないじゃないか、と今思い出しても思う。
 そうして、回数を重ねるごとに、先生には噛み癖があることを僕は知った。
 服や髪で隠れる範囲だが、キスマークや鬱血痕の他に、くっきりと歯形がついてることが多い。僕は僕で、いつも快楽からくる意識の揺らぎから、先生がそんなことをしていることに気が付かないのだけれど。

「どうしました、晋作?」

 そんなことを考えながらぼんやり食堂で定食を食べていたら、前に座った先生がお盆を置いて声を掛けてきた。

「あ、先生。おはようございます」
「おはようございます。ぼんやりしているようですが、体調不良ですか?」
「いえ、そういう訳では……」

 ぼんやりしていることを見抜かれて、心配そうに掛けられた言葉に、先生のこと、それも夜のことを考えていたのを濁すように答えて箸に手を戻せば、安心したような先生が笑う。

「よかった。君は体が弱いですから」

 笑った先生に僕も笑ってみせて、そういえば今日は久しぶりに、なんて思って周りに人がいないことを確かめて、甘えるように言ってみる。


「ね、せんせい」
「……困った子だ」
 苦笑した先生は、それでも間違いなく今晩僕の部屋に来てくれる、と知っていた。





「晋作」  優しく呼ばれてベッドで抱き留めらる。その声が耳朶に響くだけで、とろんとする程に、まるで媚薬を飲んだようになる僕は、もう充分先生に魅入られていると知っていた。

「はい、先生」

 応えれば、満足したような先生に、少しいじわるでもしようか、なんて思って訊いてみる。

「先生って、噛み癖ありますよね?」
「……は?」
「最近気づいたんですが、セックスするとき、僕のこと噛むのお好きなんですか?」

 笑いながら問い掛ければ、既に脱がされていた上半身の首元に、先生の息が当たった。その感触にぞわりと快楽が走るのを楽しむように、期待するように先生に身を預けたら、その首に一瞬痛みが走る。

「……っ」
「ああ、痛かったですか」

 すみません、と先生の声が間近で聞こえて、それで今、首元を噛まれたのだ、と気が付く。その痛みが、じわじわとせり上がるように脳を揺らした。

「僕に噛み癖があるというか……」
「は、い」

 なんだかそれが快感のように感じられて、少しくらりとする頭で応えれば、先生の声が耳朶を打つ。

「噛むと締まるんですよ、それに君が善がる」
「え……」

 なんの恥ずかしげもなくそう言ってその噛み痕に口付けた先生に、僕はどこかぼんやりする頭と、それからもう、先生がそばに居るだけで快感に耐え切れなくなっている自身の体を抑えつけるように、それでも、困惑は隠しきれずにしていたら、先生が微かに笑う声が耳元でして、思わず問い掛けた。

「それは、どういう……」
「ああ、自分では気づいていないのですね、可愛らしい」

 そう言って先生は緩く僕の肌を撫でる。その緩慢な手つきが心地好くて、そうしてそれが与える快楽に堕ちていく僕に、先生は言った。

「噛んだり、口付けたり、少し痛くしてあげると、晋作はずいぶん善がるんです。甘い声で啼くし、後ろも締まる。気持ち良いのだろうと思ってやっていたのですが、自分では気づいていないのですね」

 晋作、と耳元で名前を呼ばれて、それとその説明に僕の顔は一瞬で真っ赤になるのが分かった。
 つ、つまり、噛み癖というか噛むと僕が悦ぶからやっていた、と?

「あ、あの……」
「気が付いていないのも可愛らしいものですね」

 先生は楽しそうにそう言って僕を撫でる手を軽く動かして、僕を組み敷いた。

「先生、違うんです、あの、そういう……」

 趣味はない、と言おうとした僕の唇を先生のそれが塞ぐ。

「嘘はいけませんね?」

 笑って言われて、何か言い返さなければ、と思ったのに言葉が出てこない。

「晋作は分からず屋だ、相変わらず手のかかる子です」

 先生に言われて、それから今度は肩口を噛まれる。その痛みにくらりとした。

「先生が、その、噛んでくれるから」

 途切れ途切れに、それでもたぶん、先生以外ではきっとこんなことにならないから、という思いを込めて言ったそれに、先生は笑った。

「では、今晩は痛くしてあげましょうか」

 楽し気にそう言って、笑った。


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2023/4/13