見鬼
「それでも僕の美しさの前には……いや、ないな」
はあ、と一つ息をつく。妹の輿入も何も、親は一番上の僕を差し置いてと反対していたが、そもそも我慢させていたのはこちらだ。
妹に通っている男がいたのはさすがに知っていた。だが、僕に遠慮していたのも知っていた。
「ここら一番の美しい見鬼!」
一人の部屋で言ってみたら虚しくなって、爪を外す。琴より軽い楽器に改造しようかな。
「そりゃあ、そうでしょうとも!紅髪の見鬼なんてほぼ鬼だよな!」
そう叫んだ時だった。妹の祝宴をこんなのが邪魔しても悪いし、と思っていたが看過できない気配がした。
僕は単にも着替えず、女房も呼ばず、小袿のまま部屋を出た。
「姉上、いらしてくださったんですね。しかし御召し物が」
妹の嫁ぐ先の公達なんざ知らないが、用があるのはそちらではないようで安堵する。僕の用がある公達は呼ばれただけ、という体で酒杯を呷っていた。
「違う。なんだっていいが変なものをうちに上げるな。僕は言ったから帰るぞ」
横柄に言って(嘘じゃないし)、扇でその少し年嵩の公達を示したら、その隣にいた父が目を見開く。
「春風!流石にやめなさい」
「いえ、此方がお噂の見鬼の姫君ですか?」
ゆったり笑った公達をもう一度ねめつけて、僕は自室に戻った。
「案外、鬼に見えたのかもしれません。僕は厳しいですから」
そんな妄言を背に聞きながら。
*
「……陰陽寮は役立たずですね」
パチリと扇を鳴らせば、何も言わずに女房が部屋の前に酒器を並べていく。
僕は酒が弱いし、そもそも飲みたいとも思わない。
「それはまあ、君に比べれば無能でしょう」
あっさりと眼前の『公達』は言って酒杯を取った。
「しかし、容易く人を見下すような真似は頂けない。減点です」
「……先生を内大臣にまでしたのですから、陰陽寮は無能の集まりですが、まあ馬鹿ではない」
「おかしなことを言う、春風」
そう言ってその公達は笑って僕の名を呼んだ。その素振りはただの貴族だが、しかし。
妹の顔見せのような宴に父が呼んだ内大臣殿は、箔付けの意味もあろうが、僕からすれば邸に異形が入ったとしか思えなかった。
『世に見鬼は多かれど、僕に気付いたのは君が初めてでしたね』
そう言ってその人が通うというか、部屋に来たのは次の晩で、僕も警戒したが、いつの間にか色々と習う立場になり、いつの間にか絆されていた、というのが現状である。
「時に春風」
「はい?」
空になった盃を満たせば、先生の人とは思えぬ瞳が此方を捉える。
「縁談を蹴るつもりだとお父上が嘆いておいでですが」
その言葉に、僕は何重もの意味で溜息をつき、そうして一つの意味で落胆した。
「見鬼とはいえ、家柄は良いですから。その公達は好事家なのですか?」
人に紛れて大臣をやっている先生にそう聞いてみる。見鬼で紅髪の姫など行く宛もないが。
「まあ、そうかもしれません」
「……面倒ですし尼寺にでも行こうかと」
肯定されて、色々虚しくなった僕はそう言った。
「おや、通う男があるのに?」
「……からかわないでください。流石に先生でも怒りますよ?そんな気ないでしょうに」
小さく言って、やはり僕は落胆する。この鬼に魅入られても、僕はどーせただの見鬼だ。
「相手にする気もないのに」
「おや、春風には相手にする気もなく通う程、僕が暇に見えていましたか?」
きらきらと輝く瞳に見据えられて、気付いたら僕は泣いていた。
「好きだって言ったのに!人だからって言ったのは先生でしょう?鬼や化生の類でこんなに優しい方は居ないのに!どうせ遊びなら最初から優しくしないで!」
僕が叫んだら、先生はふと笑って盃を置いた。
「さて、今晩はお暇しましょう。考えることも出来た」
どうせ僕をどうにかして嫁がせるとか父上と相談するんだ、馬鹿みたいだ、だって。
「本当に、好きなのに」
言葉に返答はなく、その神のような鬼は座敷を立った。
どうせ僕は人だから。
*
「……は?」
次の日、内大臣殿との縁がどうのと父上に言われて、僕は暫し呆けていた。
*
「あの……先生って独身だったんですか?」
「この身では宮中に何時までもいられませんし、妻も要らぬと思っていましたが、あそこまで熱烈に迫られると流石に、ね?」
先生の邸で先生に押し倒されている僕は何なんだ、ていうか邸で角を隠しもしない先生も何なんだ?
「春風……良い名ですが晋作なんてどうです?」
「はい?」
「考えることが出来たと言ったでしょう?常世では晋作と名乗りなさい」
え、流れで内大臣殿というか先生に嫁いだけど待て、人辞める前提か、これ?
「邸で琴を弾くよりは面白いでしょう?」
綺麗な鬼が、笑って着物に手を伸ばした。
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2023/5/2