化生

 最近狐を飼い始めた……いや、この言い方は適切ではない。
 夕方、仕事が終わり帰路についた時だった。

「猫……?犬……?」

 見ていても痛ましいほどにボロボロになった動物が、道路わきにちょこんと座っていた。動物……?動物だろうか?とその時直感的に思ったのは今となっては正しい感覚だったとしか言いようがないが。

「君、ニンゲンか……?」

 そうしたら、その動物が喋った。僕は本当に驚いて、こんなことがあるのか?と思いつつも、血をだらだら流しうずくまる動物が、こちらを警戒するように突然その毛並みを人間でいうところの長い髪に変え、顔を人間のそれにし、所謂化けた、という状態になって、自分、つまるところ人間を激しく警戒していることは分かった。

「君こそなんです、猫……狐の類ですか?」
「……」

 何も答えず、傷や疲れからくるのだろうどこか濁った、それでも人間に化けた目でこちらを見据える彼をとりあえず抱き上げる。

「な、何をする!」
「何というか。とりあえず保護します。このままでは死にますよ、君」

 そう言えば隠しきれていない耳がぺたりとへたり込み、尻尾が折れた。もう限界なのだろう、と思い、抱き上げたまま歩いてみたが、彼はされるがままだった。

「動物病院……無理ですね、これでは」
「びょういん?とりあえず水をくれれば……水と何か食べ物……清浄なものを……」
「化生の類か……なるほど」

 清浄なもの、と言われて、化けてみせた彼も見ていた僕はそのまま人に会わないことを祈りつつ、自宅まで帰った。





 ここは何だかんだといっても田舎だ。僕のような大学教授でも広すぎる一軒家を持てる程度には田舎で、そうして水道水のほかに山水が汲める。こちらの方がいいのだろう、と山水を汲み、それから何を食べさせればいいのだろう、と冷蔵庫を見て、とりあえず八戒を避ければいいのだろうか、と適当に選んだ野菜と、それからどうだろうと思いつつ油揚げが残っていたのでそれを持っていってみる。

「ゆっくり食べなさい。僕は湯を沸かしてきます」
「……山水……」

 その水に気が付いたのだろう彼はそう呟いてマグカップに注いだ水をごくごくと飲み始める。

「あまり急がないように、咽ますよ」

 そのあまりの勢いにそう言い置いて、僕はとりあえず彼の体を拭いてやらないとと思い湯を沸かしに再びキッチンに向かった。





「あ、あの……」
「どうしました?」

 たらいに湯を張り、適当なタオルを温めてリビングに戻ったころには、水も食べ物もすっかり食べ切り、いつの間にやら傷もよくなっているようで、外傷から出た血で汚れている以外には特に問題もなさそうな彼が声を掛けてきた。
 成程、と思う。清浄な気があれば回復するのか。やはり化生の類か、と思いながら体についた血をタオルで落としてやれば、困ったようにその狐は隠しきれていない耳と尻尾を下げた。

「先程は、助けていただいたのに無礼な態度をいたしました」

 丁寧な言葉遣いと嘘のない態度に目を見開く。化生と言ってもいろいろあろうと思ったが、随分としっかりしている、と思いながらその小さな身体を拭いてやれば、着ている着物も上等なものに見えた。

「気にする必要はありません。血は気持ち悪くありませんか?それに先程の食べ物は大丈夫でしたか?」

 そう問い掛ければ、狐はこくんと頷いた。

「水もお気遣いいただいようで……食べ物も……野菜が美味しかったですし、それに、あの黄色いの……気に入りました」
「ああ、油揚げ」
「あぶらあげ?」

 製造過程で肉を含むものを使っていなくて良かった、などと思ったが、その真意を伝える前に、聞いてみる。

「回復したなら良かったのですが、事情を聞いてもよろしいか?」
「……はい。このようななりですが、治めていた山がありまして、そこがニンゲンの土地になるということで、追い出されまして、その時に大きな乗り物?にぶつかりまして……」

 そう言われて僕は裏山の再開発について思い出す。宅地にするから山をつぶすと聞いたが、そもそも人がいないのに、と思った記憶があるな、と。

「……もう一つだけ聞かせてください。化生の類にこれを聞くのは非常に心苦しいが」
「な、なんでしょうか?」

 怯えたように言う彼は、おそらくだがこれ以上はと言って出て行こうとするように見えた。とりあえず傷が治ろうとも、山がつぶされたのだ、生きていく宛などないだろうからここで保護した方がいいと判断した僕は一言訊ねる。

「名を」
「……!あの、これ以上は……」
「いいから。僕は吉田松陰といいます。名乗るのが遅くなりましたが、持っていて構いません」

 持っていていいと言えば、その意味に気が付いたように、彼はおずおずとまた耳を下げる。

「高杉晋作といいます」

 化生の名を持つということはそういうことだと僕も知っていたが、それは仕方のないことだ。山をつぶしたこちらが悪い。

「晋作、ですね。分かりました。これからよろしくお願いします」

 そう言えば、その狐はわんわん泣いて、それから疲れたのだろう、そのまま眠りに落ちた。





 そうやって晋作と暮らし始め、随分懐いたある日のことだった。

「僕は出来る狐だから先生に代わって家を片付けました!」

 家に戻ると確かに片付いている。僕は大雑把な人間だから、晋作の言う通りなのだろう。綺麗に片付いた部屋を見回して、それから晋作を褒めようと思ったが、その前に。

「晋作、机の上の本は?」
「こちらに……あれ?」

 目についた本を後ろ手に隠してそう言えば、狼狽えた晋作が愛らしい。

「大事な物でしたが失くしてしまいましたか」
「わーん!頑張ったのに!」

 ぺたんと尻尾を床に落として泣く晋作に、隠した本を見せて言う。

「冗談ですよ。よく頑張りましたね、片付けありがとうございます。今晩は油揚げをいっぱいあげましょう」
「……」
「どうしました?」
「先生は意地悪です……」

 じっとりとこちらを睨む紅い瞳が愛らしく、どうにもこの晋作に化かされたような、そんな気持ちに僕はなっていた。
 そんな日常が、当たり前になっていた。





「晋作、帰りました」

 そう言って家に戻るのが日常になり、そうして声を掛けて玄関から家に入れば、晋作は窓のカーテンを開けて日の差すそこで寝ていた。

「ああ、昼に帰るのは珍しいからか」

 よくよく考えれば、大学の仕事やら研究も相まって、自宅を出るのが朝、帰るのが夜の生活が当たり前になっていた。そうしてたまの休日は晋作から「休んでください!」と言われて彼が甲斐甲斐しく家事やら何やらをこなしてくれるのに甘えていた自分を反省する。

「陽光も精気の一種ですからね」

 呟いて、日中だからだろう、成人の姿でそこに転がる晋作の長い髪を撫でてみる。柔らかいそれは何時触っても指通りも良い赤だ。
 子狐だと思っていたが、最初に会った時に言われた通り、山を一つ治めていただけあって、実際にはもう成体であり、詳しく聞いてはいないが年齢も僕より上だろうと思われた。あまりにも衰弱していて子狐というか仔猫に擬態していただけだったらしい彼は、何年か経った今でも、それでも背は僕より小さいし、性格も可愛らしい子供のそれのように思えた。

「うーん」

 ごろごろとその陽光の差す床で転がる晋作を撫でていたら、可愛らしい声を漏らしてぱちぱちと目が開く。

「ああ、すみません。起こしましたか?」
「んぁ?せんせい?」

 ぼんやりと、それでも驚いたようにぴくんと耳を揺らした晋作は、起き上がる。

「もうお帰りだったんですか?すみません、出迎えもせず寝ていて……」
「いえ、陽光を浴びるのも必要でしょう。疲れていましたか?」

 訊ねれば、眠そうな目をこすりながら晋作はこちらを見てひとつ頷く。

「先生のせいではありませんが、少し疲れていまして。申し訳ありません」
「謝る必要はありませんよ」
「先生は相変わらずお詳しいので、助かります」

 人間体でも生えたままの耳と尻尾をぺたんと下げてしまった晋作のその姿が突然心配になった。ここまで素直に自身が弱っていることを認めるなど、彼の場合あまりないからだ。
 民俗学の研究などを主にしているため、地方の大学に赴任した結果として、山林のフィールドワークもこなすようになって、こういった土地には伝承が多い、と思っていたが、実際にその伝承の塊のような晋作と過ごすようになり、学術的な観点を抜きにしても、晋作は本当に高位の狐なのだろうということは分かった。
「何かありましたか?」

 訊ねれば、少し躊躇う素振りを見せて、それから晋作は溜息をつく。

「仲間の山がまた、潰されたようでして……」

 仲間、と彼は言ったが、おそらくかつての配下だろう。だから察知できたのだろうと考えて、そうして『また』という彼の言葉に、今までもこうやって晋作が弱ることは何度かあったが今回は事態が重そうだ、と考えた。

「酷いですか?」
「……ええ。儀式もなく重機で潰したようです。火を掛けられなくて良かった」

 小さな声で言った晋作は今にも泣きだしそうだった。山や川に手を入れる時、田舎の方では鎮魂などの儀式を行うことが多かったが、そんな時代でもない、と言われればそれまでだ。そうは言っても、実際にそうやって生きてきた晋作たちからすれば、そうしてかつての配下だから、という理由で自身の力を分けてやっている高位の狐の晋作からしてみれば、そういった行いで傷つくのは仕方がないとはいえ、辛いことだろう。

「もう少し寝ていなさい」
「いえ、もう大丈夫です。暑くないですか、先生?カーテン、すみませんでした」

 そう言ったが、彼は無理に微笑んで言ってきたから思わず抱き留めてしまった。

「せんせい?」
「名を」
「え?」

 不思議そうに腕の中で呟いた晋作に、告げる。

「君に名を渡した時から、僕は君の味方です。だから、傷ついている君を見るのは嫌だ。手前勝手な人間の我儘に聞こえるかもしれませんが」

 そう言えば、縋るように晋作は僕を抱き締め返してくれた。そうして泣きながら言う。

「僕も、晋作も、松陰先生に助けていただき、名前をお渡しした時からずっと先生のものです。だから、だから、先生」

 何か訴えかけるようなその悲痛な叫びに、抱き締めた背を撫でてやり、呼吸を落ち着かせる。互いに名を持ち合っている、というのは契約のようなものだろう、と思いながら。

「どうしました、晋作。同じです。僕も晋作のものですよ」

 落ち着かせるように言えば、泣きながら晋作が口付けてきた。突然のことに驚いたが、それを受け入れれば、どこか何かひどく強いものが流れ込んでくるのが分かる。これが気力というか精気というものか、と考えた。

「だから、先生が傷つくところだけは見たくない」

 唇を離して必死に言った晋作を撫でれば、ぽろぽろと涙を零しながら晋作は言った。

「先生、僕の我儘を聞いてくれますか?」

 涙に濡れた目で、真っ直ぐにこちらを見て、晋作は言う。

「ええ。何でしょう、晋作」

 その真剣さに静かに問い掛ければ、彼は泣きながら、それでも決然と続けた。

「名だけでは、もうあなたを助けられないかもしれないと今日のことで思いました」
「はい」

 応えれば、晋作はその綺麗な紅い瞳で僕を見つめ続ける。

「名をあなたと持ち合うことで、契ったと僕は思っています。でも」

 でも、と言って彼はぺたりと耳と尻尾を下げてしまう。そうして続けた。

「先生は人間です。先生を縛ることなど、本来僕にはあってはならない。でも、あなたが傷つくところは見たくない」

 そう言われて僕は彼の言いたいことが分かってしまう。

「晋作、僕も名を渡した時から君と契ったと思っています」
「でも……」

 僕の言葉にもまだ躊躇うように続けた晋作を、もう一度抱き留める。

「ヒトでは君といられないなら、それはつまらない気もする」
「……え?」

 僕の言ったことに心底驚いたような彼に、今度はこちらから口付けた。緩く開いた唇から舌を差し入れて、軽く歯列をなぞり、舌を絡めれば素直に従った晋作のそれはひどく甘く感じられ、なにか脳の芯に響くようだった。

「せんせ?いいのですか?」

 唇を離して緩くその髪を、毛並みを撫でれば、不思議そうに、それでもすべてを察したように、こちらを見返したその瞳を覗き込み、伝える。

「契ったと言ったでしょう?ずっと一緒に居られなければ意味がない」

 そう言ってとさりと晋作を押し倒せば、彼は声を上げて泣いた。いつか、本当に初めて彼を助け、名を渡し合った時のように、声を上げて、泣いてくれた。





「さて、どうしたものですかね」

 押し倒しておきながら言うのもなんだが、実際に契るとなると、僕か晋作が相手を抱くのが手っ取り早いと研究者的な観点からすると思うのだが、どちらも男だ。それに晋作は高位の化生でもある。晋作が嫌がるかもしれない、と思ってそう呟いたら、晋作はぱちくりと目を瞬かせた。

「へ?駄目ですか?抱いてください、せんせい」

 甘い声音で言われて、その色香に白昼だというのにめまいがする。

「……いいんですか?」
「先生なら、僕はなんだって」

 甘い声音のうえに、甘えるように抱き着いてきた晋作に、もうなんだっていいような気がして、そのまま服に手を掛ける。昼ということもあり、着物ではなく現代風の衣服でいた晋作は脱がせやすかった。

「ほんとうは、ずっと、先生に滅茶苦茶にしてほしかったって言ったら怒りますか?」

 服を脱がせてしまえば、白い陶器のような肌を晒した晋作が頬を赤らめて誘うように言う。

「怒りはしませんが、そんなことどこで覚えて来たかは体に聞きましょうか?」
「ひぁっ!」

 そう言って軽く胸元を撫でれば、何もしていないのにもう充分に感度が上がっているような晋作は甘い悲鳴を上げた。

「んぁっ!せんせ、以外に、こんなこと、しませんっぁっうぁっ」

 胸元を緩く撫で上げれば、甘い嬌声の合間に晋作は必死で言う。その姿がもう愛らしい。

「あっ、らめ、せんせの、て、あついっ、うぁっ!」
「もっと感じてください、僕の晋作」
「ひゃい、っあ、うぁっ!」

 くすぐるように体を撫でて、たまに強く摘まんだり、口付けて噛んだりしていたら、身悶えるように晋作が震えた。

「やらぁ……もっとぉ……あっ」

 びくびくと震えて快楽に呑まれていく姿は淫靡で、そうして既に勃っていた性器から先走りが漏れているのが見えて、ふと笑う。

「嫌なのですか?もっとですか?きちんと教えてください」
「ひゃうっ、きゅうに!あっ、うぁっ、らめ……!いくっ、いっちゃう!」

 そこを握り込んで意地悪く訊いてみれば、晋作は簡単に精を吐き出して達した。
 達してそれから、くたりとしてからとろんとした瞳でこちらを見て、晋作は言う。

「もっと、もっとくらさい、せんせ?」
「淫らな子ですね、晋作?」

 笑って言ってみれば、晋作はまだ整わぬ呼吸のまま赤い顔で言った。

「先生の、晋作は、いんらんなので、せんせ、もっと」

 誘うようなその甘い声に、彼の精液を指に絡めて、そのまま後孔に挿れる。

「ひうっ!」
「痛くないですか?」
「ひゃう、きもち、い」

 初めてだろうに体を預けてくれた晋作に問い掛ければ、とろんとした返答があった。彼が感じそうな場所は前立腺とも違うのだろうが、そもそも体の構造が、と思っていたら、晋作に言われる。

「せんせぇが、触ってくれるところ、全部、きもちくなる、から、ひゃうっ、あっ、またっ!」

 軽く指を動かせば悲鳴が上がって彼の性器からとろとろと精液が零れ出る。

「成程。契っているからか」
「せんせぇ、せんせい……あつい、です、あっ、うぁっ!また、いっちゃう!」

 この期に及んで、という訳ではないが、研究者視点というか、晋作と長年名を通して契ってきたからもう番のようなものだろうと思い、知らず口角が上がった。自身の指が、すべてが彼の快楽に繋がると思うと楽しくて仕方がない。

「いきなさい、いいから」
「でも、あっひぁっ!あぁっ!」

 指を増やしてナカを刺激すれば、柔らかな肉の感触が絡みつく。そうしてその刺激だけで晋作はまた達した。可愛らしいその姿が欲を煽る。

「でも、なんですか?」

 だからいじめるように晋作に問い掛ければ、彼は荒く息を付きながら切れ切れに言った。

「せんせ、も気持ち良くないと、ぼくばっかり、ひうっ」

 言葉にそんなことかと思い、ずるりと指を引き抜けば、びくりと彼は震える。

「契るのですから、気にしなくていいのですよ?」

 そう声を掛けて、彼の媚態にもう充分硬くなった自身をそこに宛がえば、晋作は甘く笑った。

「せんせ、ちょうだい?」
「いくらでも」

 ひとつそう言って、彼の胎内に性器を挿れれば、そこは誘うように絡みつくように僕を受け容れた。

「あっ、ひぁっ、先生、松陰せんせっの、ずっと、まってた、うぁっ!」
「嬉しいことを言いますね」
「あったかい、きもちぃ、あっ、おく、おくまで、ちょうらい?」

 緩く抱き着いてきた晋作になだめるように口付ければ、甘えるような彼がそのまま必死に舌を絡めてくる。その姿が愛らしく、そのまま腰を打ち付けて奥まで体を暴いた。

「ひゃんっ、おくぅ……せんせ、のっあっ、やっ、ひぁっ!」

 奥まで犯せば、驚いたように、それでも嬉し気な嬌声を上げた晋作が可愛らしく、そのまま何度も奥をなぶれば、びくびくと身体を震わせて、必死に快楽に耐える晋作の姿に、こちらも限界が近かった。

「あっ、いく、また!せんせ、いっちゃうよぉ!」
「何度でもいいんですよ?」
「ひゃいっ、あっ、うぁぁっ!」

 もう欲に溶け切った瞳でまた達した晋作の腹辺りを撫でて、この胎内に、と思う。
 まだどこか冷静な部分が残っている自分がおかしかった。戻れない、戻らない。それでいい。

「僕のものを飲んでくれますね、晋作?」

 確かめるように問えば、晋作はとろりとした顔で何度も頷いて言った。

「僕に、晋作にいっぱいください、せんせぇの」

 その言葉と言葉に合わせるように締め付けてきた後孔に、こちらももう耐え切れずに、彼の胎に精液を吐き出した。

「っ……」
「ひゃんっ……せんせいの、子種、いっぱい、あったかい……」

 その快楽と、どこか意識が遠退く様な射精とは違う感覚に短く呻いた僕に対して、恍惚とした表情と声で精液を受け止めてそれから僕を抱き締めた晋作を見詰めた辺りで、意識が途切れた。





 目を覚ますと、そこは布団で、横には長い髪を乱れさせたままで、それでも綺麗な晋作の顔があった。

「えへへー、先生の寝顔見ちゃいました」
「晋作……」
「先生寝顔もかっこいい」

 嬉しそうにそう言った晋作の髪に指を通しながら、自身が作り替わっていることを僕はどこかで実感していた。

「晋作、これで……」
「はい、ずっと。常世にでも先生と行けます」

 笑った晋作に言われて、ひどく安堵する。これでやっと。

「これでもう晋作が傷つくところを見なくていいのですね」
「先生が助けてくれた時からずっと、晋作は松陰先生のものですから」

 そう言って抱き着いてきた晋作を撫でる。

「僕も君のものですよ、僕の晋作」

 やっと、やっと、手に入れたと思ったのは、どちらだろう。
 やっと、やっと。三世の業を、挿げ替えた。


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2023/4/20