睦言
「ん、んぁ……」
少し掠れた声が自分の口から出て、朝だ、と晋作はふと思う。
「もう、朝?」
ご飯作らなきゃ、と叫んで飛び起きようとしたが、それは二重の枷で遮られた。
「寝ていていいんですよ、晋作」
「せんせ?」
あっさりと制された同居人兼恋人の大きな手と、それからその自分を制した彼に抱きつぶされて、もう意識がはっきりしないまま昨晩眠りに落ちたその余波、というか全身、特に腰の気怠さに晋作は再びベッドに戻される。
「あ、の……今何時ですか?」
「八時くらいですね」
松陰の答えに、寝坊した、と晋作は思ったが、松陰は優しくその髪を梳いて言う。
「僕が原因なのですから、気にしなくていいのですよ?」
言葉に今度は昨晩のことを思い出したのか、かぁっと赤くなったその表情の変化が可愛らしくて、松陰は彼女の長い髪をもう一度撫でる。
「無理をさせましたね」
「あ、あの……」
なんと応えていいのか分からず真っ赤になったまま、それでもいつもより激しく求められたことには違いがなかったと思った晋作は、大学を卒業してからずっと、その当時担当教授だった松陰と同棲している。
『君がしっかり卒業してから』
と言って在学中には一切そういったこともなかったが、それでもずっと慕っていたし、卒業して、就職してからは本当に当たり前のようにアパートを解約させられ、松陰のマンションに住んでいるのだから晋作にとってもそれは驚きだった。
そうしてそういったことには淡白だと思っていた松陰から抱かれて、あっさり手籠めにされたあたり、年齢差なのかそれとも自分が女だからなのか、などと思いつつも、ほとんど妻ですとでも言いたげな感じの扱いを晋作は受けていた。
「今日から休みだからと思って少しいじめ過ぎましたね」
「あうっ……」
耳元で囁かれて更に赤くなった晋作に満足したように、松陰は彼女を軽く撫でる。
「朝食は作ってあります。食べてくださいね?それから少し相談したいことがありまして。それもあって抱きつぶしたんですけども」
「へ?」
「ええ、まあ。たまには僕も自信がなくなるんですよ?」
言葉の意味が分からずに、晋作は頭の中を疑問符でいっぱいにしながら起き上がった。
*
朝食を食べ終わり、歯を磨いて顔を洗ってと順序はいつもと違うが朝のルーティンワークをこなした晋作を、松陰はリビングのソファに手招く。
「あの、お待たせしました」
「いえ。待っていませんよ?」
笑って言って松陰はソファに座った彼女に温めたココアを差し出した。
「熱いから気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
甘いそれが好きなのを知っていて渡した後に、彼は至極真面目そうな顔で言う。
「先程も言ったのですが、少し君に無理をさせて抱きつぶして、少し朝寝をしてもらい、無理やりにでも時間を作ろうと思いまして。そうでもしないと休日は朝からバタバタするのが常ですから」
「先生は少し、その……」
言葉を濁してください、などとは言えずに俯き加減でココアを口にした晋作のその言葉を、しかし松陰は話を進めることの是と取ったようだった。そうして二口三口、口にしたココアの入ったマグカップを彼女の手から丁寧に奪ってテーブルに置く。
「晋作、聞いてもらえますか」
「はい?」
その動きも声音も不思議な気がして、晋作が首を傾げれば、松陰は真っ直ぐに彼女の目を見詰める。
「先生?」
その視線の真剣さに思わず問い掛けた晋作に、彼ははっきりと告げた。
「結婚してください、晋作」
「……え?」
そう言われて手を取られ、少しだけひんやりする金属製の環を指に嵌められる。その意味が分からない程、晋作も初心ではなく、そうしてそのはっきりと告げられた言葉も重なって、気が付いたら彼女はぽろぽろと大粒の涙を落としていた。
「……駄目でしょうか?」
泣いている彼女に問い掛けた松陰に、彼女はゆっくりと息を吸って静かに言う。
「あ、の……先生は、そういったことに興味がないと思っていまして、その……一緒に暮らせるだけで十分だろうと思っていて。それでいいのかなって、ずっと思っていたから……びっくりして……すみません、あんまり嬉しくて、泣いて、しまって」
途切れ途切れに言った彼女を松陰の大きな体が抱き留めて、武骨な指が涙を拭った。
「ずっと不安にさせていましたね。申し訳ない」
「いえ、その……嬉しくて……」
「では、僕の我儘を許してくれますか?」
その問いに、彼の腕の中で頷いた後、少しだけ体を離して松陰の目を見詰め、晋作は笑った。
「はい、もちろん」
泣き笑いの彼女のその顔に安堵して、彼は再びゆったりと晋作の髪を梳く。
「よかった、本当に」
そう言って抱き留めた彼女に言った。
「式はいつにしましょうか?それに君はドレスも似合いそうだ。色々あるのですね、疎いから知りませんでしたが、どれも君なら似合いそうだ」
「ひっ、飛躍しすぎでは!?」
展開が早い!と思って言った晋作の耳元で、松陰は囁いた。
「夜も」
「ひゃい?」
睦言のような甘い声音にびくんと彼女が震えれば、楽し気な彼は言う。
「これでもう避妊の必要もありませんし、存分に君と楽しめる。そんなことが目的ではありませんがね」
からかわれたと分かっているのに、晋作の顔は真っ赤に染まり、その顔に彼は口付けて笑った。
「やはり可愛いですね、僕の晋作は」
*
シャワーを浴びて、ベッドの上で、僕はガチガチに緊張していた。
今更だが、こう見えて僕は出来る女社長である。何の話だ?と思われるかもしれないが、大学を卒業してそれから何だかんだ根回ししていて(実家の色々もこの際だから使った)、起業した。先生からはほんっとうに心配されたが、何だかんだと事業は軌道に乗り、今ではだいぶ余裕も出てきた。
そんな会社を、先生からの頼みというか何と言えばいいのか、お願い?そんな感じで三日間ほど休みにした。社長特権というやつで、出来る秘書からはメタクソに怒られた後『まあ新婚様でごぜぇますしね』と言われた。女同士でもセクハラだぞ!とかなんとか思ったが、何か言い返す気力もなかったほど顔が真っ赤になっていたのが自分でも分かる。
その先生のお願い、というのが
『婚姻届けも出しましたし、君とゆっくり夜を過ごしたい』
というものだった。
なんと応えたかも覚えていないが、大学教授というのも忙しい職業で、何だかんだ学生が休みでも仕事があるものである。しかし、長期休暇のここなら、とカレンダーに印をつけられて、僕は気が付いたら頷いていた。
先生の言葉の意味が分からない程、初心ではない。先生は真面目な人で、ほとんど結婚しているのでは?というような扱いを僕にしながらも、避妊だけはしっかりきっちりやる人だった。だから、先生の言うそれが、いわゆるナマでナカ出しだと気が付いたら、もうなんというかいろんな意味で緊張からガチガチになっていた。
そのくらいで、と思われるかもしれないが、本当に初めてのことだし、というか僕の初めては先生に差し上げたし、あの先生のモノを生で?とか思うと本当に緊張しかないのである。そう思っていた時だった。
「お待たせしました、晋作」
「ひゃいっ!」
先生の柔らかな声が寝室に響いて飛び上がりそうになる。そうして歩み寄ってくる先生に、本当に緊張とどこか何か嬉しさのようなものから真っ赤になった僕に、先生は軽く笑ってゆったりと触れた。
「緊張していますね。可愛らしい」
「うぁ……」
「ああ、君は何も心配しなくていいんですよ、晋作?」
そう言って僕を撫でて、先生はいつもの夜の通りに僕を撫でて丁寧にパジャマを脱がせていく。晒された身体を見て微笑む先生に耐え切れず、ぎゅっと目をつぶったら、先生が笑いながら胸に触れた。
「あっ、ひゃう」
「まるで初めての時のように緊張していて愛らしい」
「ちがっ、らって、せんせ、がぁ」
そう言えば、ザラリとした舌の感触が乳房に走って脳が焼けるようになる。
「僕が何かしましたか?」
「そこで、しゃべっちゃ、らめぇ、あっ」
その胸元で聞かれてはしたなく喘いだ僕に満足したように、今度はぐにぐにと胸を揉まれて、それから腹や背を撫でられる。その手の温度があまりにも心地好くて、とろとろと思考がほどけていった。
「可愛いらしい」
「せんせ、きもちぃ、キス、して?」
気が付いたらそうねだっていて、そうしたら先生の唇が僕のそこに宛てられ、それから緩く開いたそこから舌が入り込んでくる。絡めたり、それから歯列をなぞったりするようにするその水音で頭の中がいっぱいになり、もう溶け切った思考は先生に支配され切っていた。だから、口付けながら先生の手が下腹部に伸ばされたことになんて気づく訳もなかった。
「ひゃうっ!」
その口付けに支配されていた脳に、一瞬にして快楽が走り僕は悲鳴を上げる。先生の手がもうとろとろと愛液を零すそこに触れて、遊ぶように指を挿れてきたのだと気が付いた時には、指はもう増やされていた。
「あっ、やぁっ」
「嫌ではないでしょう?こんなに濡らして」
「ひうっ」
先生に耳元で囁かれて、くちゅくちゅとわざと音を立てられれば、抵抗する余地などない。
「は、い……せんせのゆび、だいすき」
「いい子ですね。僕も大好きですよ。柔らかく絡みついて離さない」
先生の言葉に頭がくらくらしたが、それでも先生の動きは止まらず、いつもよりも念入りに慣らされて、その指の動きだけでもう僕は限界だった。
「ひゃうっ、らめ、らめっ」
「おや?いつもより早いですね」
「せんせぇがぁっあっ、やっ」
「いっていいんですよ、晋作」
優しく言われればもう我慢なんてできない。そのままびくびくと震えて絶頂を迎えれば、前戯だけでここまで追い込まれたのなんて何時振りだろう、なんて思いながらちかちかする目に先生の姿が映った。
「ひゃんっ!」
そうしてずるりと指を抜かれれば、それさえ甘い刺激になって声を上げると、僕の呼吸が調うのを待つように先生がじっと見つめてくる。その視線さえ熱く感じられて、ひどく刺激される。
「せんせ、挿れて?」
自分でも甘い声音でそう言えば、先生はふっと笑って僕の額を撫でた。
「どこでそんな煽り文句を覚えてくるのか、今度きちんと確かめねば」
「ん……」
笑って言った後に、先生のそれが僕のそこに宛がわれる。初めて感じるゴム越しではない肉の感触に、僕のそこは誘うように絡みついた。
「誘っているんですか?晋作」
問われても答える余裕も、意味も分からない。先生の大きなそれの熱い感触に、今まで快楽で飛んでいたはずなのに、ドキドキとまた緊張してしまう。
「ああ、初めては少し怖いでしょうね」
そんな僕をあやすように先生の手が髪を撫でて頭を撫でてくれた。その手に縋りつくようにキスしたら、その僕をあやすようにしたまま、ゆっくりとその大きな肉塊が胎内に入ってくる。
「あっ、熱い、せんせ、の、はじ、めて……」
先生のものを受け入れたことはもう何度もあるが、こうして何も遮るものがない状態で挿れられたのは本当に初めてで、熱いそれが暴れ回るように思考を掻き乱す。その感触にぼんやりしていたら、先生の腰が軽く動いて僕は悲鳴を上げた。
「ひゃっぁ!きゅうに、は、らめ!」
「駄目なんて言わないでください、晋作」
そう耳元で囁かれて、そのまま腰をぶつけられる。そうしたら僕の答えなんて一つしかない。
「はあい、せんせ、もっと、ちょうらい?」
「いい子ですね」
そう答えれば、トンと腰をぶつけられて、奥の奥まで暴かれる。初めて感じるような熱量と、それからこんなに奥まで侵されたことはなくて、その感覚に眩暈のような快楽が走った。
「ううん、なに、あっ!」
トントンと一定のリズムで先生のそれで奥を突かれると、何か訳の分からない感触がして、どんどん思考がとろけていく。それを見た先生は笑っていた。
「ここが君の子宮ですよ」
ゆっくりと内臓が先生のその動きに合わせるように降りてきて、その肉棒に吸い付くようになったそれが子宮だと言われて、赤い顔が更に赤くなるのが自分でも分かる。そんなに奥まで突き上げられて、そうしてそこが先生を求めていることが本能的に分かった。
「あっやっ、きもちぃ、あったかい」
「僕も気持ちがいい。やはり晋作は可愛くて淫乱でいい子です」
そう言いながらトントンと何度も最奥を突かれれば、きゅんきゅんとそこが締まるのが分かる。
「はあい……せんせいのしんさくは、かわいくていいこです」
「それで?」
「でも、いんらん、で、はしたないのは、せんせの、まえ、らけ」
先生に抱き着いてそう言えば、満足げに先生は僕を撫でてぐりぐりと奥を擦る。その動きに耐えられなくて締まったそこに、先生は言った。
「晋作、気持ちいですね?」
「は、い」
「締まっている……出しますよ?」
「ん!せんせ、のせーえき、ちょうらい?」
はしたなくそうねだれば、先生がまた額を撫でてくれる。その動きさえ熱くて愛おしい。
「よく言えました。偉いですね」
笑った先生が、最後の一押しというように奥をトンと突く。それが合図になったように、ドクンと熱い液体が胎内に流れ込んできて、僕は悲鳴を上げた。
「ひゃぁっ!せんせぇの、熱いの、ぼくの、ナカに……!」
「全部飲みなさい、晋作」
「はい、はぁい」
そう言ったあたりで、僕の意識はその熱い液体と先生のあたたかな体温に溶けていた。
*
夜の余韻でぼーっとしていた僕に、先生がマグカップに入ったココアを差し出してくれた。先生はコーヒーを飲んでいるみたいだった。
「お風呂にはもう入れましたから。ゆっくり飲んでください」
「ありがとうございます」
掠れた声でそう言って、その温められた甘いココアを飲めば、先生は笑って僕を撫でてくれる。
「よくできました、晋作」
「先生も、気持ち良かったですか?」
それでもなんでも、そうじゃないと、と思って訊いてみれば、先生はサイドボードにカップを置いて、僕の手からもカップを取る。そうしてそのまま抱き締められた。
「おかしくなりそうなほど、君の中は気持ちが良かった。これからももっともっと僕好みに育てようと思うと楽しくて仕方がありません」
抱き締められてそう言われて、僕は真っ赤になってしまう。何と答えていいか分からず、とりあえず抱き締め返した僕に、先生は笑って口付けた。
「まだ時間はたっぷりある。次は何をしましょうか?」
僕の晋作、と言われて僕は先生の腕の中で小さく喘いだ。
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2023/4/18