贄
「丁度いいよなぁ、確かに」
僕は緋色の髪に誂えたように仕立てられた緋色の着物を身に付けながら、まだ若いんだけどなぁ、なんて思いながら、いや、若いからいいんだろ、と思いつつそこで大人しくしていた。
「誰も悪かないんだよ」
村は飢饉で、山瀬が已まないのが原因だと村の大人が言っていた。僕はいいところの子供ではあるにはあるが、それも相まって、生まれ持っての紅い髪も、瞳も、そうしてこの病弱さもどうにもしようがない。
村に置いておくには、僕は少し邪魔だった。家督を継ぐとか継がないとか、そういうことを言っている場合ではなく、ばたばた死んでいく周りの村人に、薬ばかり必要な商家の僕。兄妹もまあいないことはないし、そんなもんだろう。
「誰も、そんなにこんなに悪くないっていうかねぇ」
村の祠に置き去りにされて、ぼんやりと考える。
鬼、鬼ねぇ……
「そもそもいるのか?というか山瀬止まるの?」
そう呟いた時だった。
「運が悪い、としか形容の仕様がないと言いますか」
「はい?」
煙草か何かの上等な煙が祠に満ちて、そうしてあばら家のように荒れていたそこは、気が付いたらどこか全く違う場所になっていた。広々とした豪奢な木目の廊下は奥まで続いている。
「ええと……人知を軽く超えちゃってることまでは理解できたんですけども……」
黒い髪を無造作に伸ばして、掛けているのは眼鏡といったか、都の方にはあるらしいと商家の生まれだから知っていた。そんな枝葉末節に考えを巡らせながら、その『ヒト』を見る。
そうしてその男がこちらを検分するように見て、一つ溜息をついた。
「あのですねぇ……僕はそこまで悪食じゃないんですが」
「困ります」
「は?」
そう言われて僕はその男にきっぱりと言った。そうしたらどこか面倒そうな、退屈そうにも見えるその男は長く伸ばしている前髪をかき上げた。そこに角が見えて、ああ、これが村人が言っていた鬼かと妙に納得する。
「困ります。貴方に僕が食べてもらい、山瀬が止まって村の飢饉が収まる。そうならないと困ります。来た意味がない」
「……ずいぶん聡い子ですね」
「そうですか?当たり前のことです。鬼なのでしょう?」
僕の問い掛けに、その人はふと笑った。
「まあ、人間を食べるほど悪食ではありませんが」
「では何でもいいので村を助けてください」
そう僕が言ったら、その人はどこか何か気が付いたように一言言った。
「飽いているのか」
「ええ、まあ」
答えにその鬼はうっそりと笑った。
*
少年は「晋作」と名乗った。どこぞの商家の息子の名では?と思いながらも、たぶんこの髪と見るからに弱そうな体では、あの村では無理だろうな、なんて思いながら渡り廊下を歩く。
「あなたは」
「……そうですね。松陰とでも」
「え?」
彼が不思議そうにするのも無理はないだろう。配下は皆、それぞれが別の名で呼ぶ。百も二百もある名を覚えておくのは面倒だった。
「先生とでも御呼びしましょうか?なんか面倒そうなので」
「何も教えていませんが?」
「教えてもらわないといけないことがごまんとあります」
そう言って晋作は僕のことを鬼だと知りながら先生と呼んで後ろをついてきた。面白い、などとふと思う。
『主、飼うのですか?人間を?』
「いえ、ただの供物です」
そう言ったら晋作の肩がびくりと跳ねる。供物という言葉に反応したのだろう、と思ったが、まあ後から説明すればいい、と思い、それに告げる。
「湯を沸かしてください。この子供、この季節に一日ばかり祠にいたようで」
『やはり飼うのですか?』
「僕は人間を喰らうほど悪食ではないですから」
緩く笑ってそう言えば、それはするりと影に紛れた。
*
「う、わぁ……」
その後、半強制で風呂に入れられたが、その風呂自体も檜か何かで出来た豪勢極まりないものだったし、そこから出てみればその松陰と名乗った鬼の屋敷はどう考えたって広すぎた。迷うとかそういう心配ばかりしたが、そもそもにして、こんなに豪奢で広い屋敷、見たことない。
「晋作、湯浴みは終わりましたか?」
そう思って周りを見回していたら松陰先生がいた。びっくりしたが、そのまま振り返って聞かなければ、と思う。
「村は助かりますか?助からないなら食べてください」
「本当に聡い子ですね。どうしたものかと思いましたが、村は助けます。対価を支払ったには違いないのだから」
その答えに、僕は安堵したし、同時に詰まらないようなそんな気持ちにもなっていた。
「僕はここで何をすればいいんです?」
聞かなければならないことはごまんとあると言ったが、そうとしか言いようがない。
「君がここにいるうちは、村には飢饉がないことを約束しましょう。そして僕にはヒトを食べる趣味がない……さて、どうしますかね」
困ったように言って先生は額に手をやり、そうしてきらきらと光る、やはりヒトとは思えぬ瞳で笑って僕を見た。
「まあ、他の食べ方もあるか」
「へ?」
「それも悪くない。一から育てるのも、まあ悪くはないな」
その鬼が何を言っているのか、その時僕には分からなかった。
*
「結局先生は何なんですか?」
朝餉を食べていたらそう言われる。向かいに座った晋作は、供物としてここに来た。気紛れ、というほどでもないが、ここは人の住む世界でもないからと思って、身近に置いているのを他の眷属たちはずいぶん驚いていたが。
「そこまで厳しくもないつもりなんだが」
「はい?」
きょとんと返してきた晋作と名乗った少年が気に入ったのにも違いはないが、そこまで酷薄でもないつもりだったが、と思いつつ、彼に言う。
「人里では鬼と呼ばれていますね」
「おに……」
反芻するようにそう言った晋作に、さらに続けた。
「明確には鬼という訳でもないですが。鬼神というやつです」
「ふうん……」
「天候も操れないこともない。君という供物をもらってしまいましたからね、村は助かります」
「それは……良かったですね」
ひどく興味がなさそうにそう言って、彼は長い赤の髪を撫でた。その動作はまだ幼く見えて、だけれどその言葉と、そうしてここに初めて来た日のことを思い出し、もう一度問うてみる。
「晋作、飽いているのか?」
空になった膳を誰かが下げに来るのを待ちながら、ふとまだ朝餉を食べている晋作にそう問えば、彼はここに来た時と同じように答えた。
「ええ、まあ」
その曖昧な答えはどうにも少年らしくなく、それでもどうにも面白く感じられる。
「だって飢饉ですよ?僕一人祠にってそりゃあれでしょう。食い扶持ひとり減らせればー、的なやつで、鬼神のことなんて誰も信じてませんよ」
「まあ、そうでしょうね」
答えと同時に食べ終わったような晋作を見て、扇を鳴らせば、膳を下げに女中が来る。これも人ではないのだが、と思いつつも晋作は当たり前のことのように座っていた。
その女中が片付けていったら、彼はまた口を開く。
「でも先生は実際にいたわけです」
「そうでしたね」
「それで僕は食べられるでもなくここにいる、と」
そう言ってだらりと晋作は足を伸ばした。
「村での生活はそりゃあ飽きてましたよ。僕は病弱なんで役に立たないし、飢饉だなんだとこの頃は僕みたいな子供にも分かるくらい大騒ぎでしたけど、何にも面白くないし」
その言葉に幼いわりに剛毅なものだ、と思いつつその少年を見る。
「でもここは楽しいです。先生は書き物もなんでも教えてくれるし。僕は算盤くらいしか出来ませんから」
「そうですね、晋作はまだ字が下手です」
はっきりと告げればじっとりとねめつけられる。
「先生は僕を褒めてくれませんね、もうひと月も経つのに」
「ひと月経っても字も文章も上達しないのは如何なものか」
そう言えば、此方をねめつけたまま畳に転がる晋作を咎めた。
「行儀が悪い」
「ご飯終わったし、いいでしょ」
「来なさい、髪を結ってあげますから」
そう言ったら晋作の顔がパッと明るくなり、そうしてじゃれるように寄ってくる。愛らしい、などという感情を人間に抱くのは久しぶりだな、などと思いながらその髪を梳いて髪紐を取り出す。
「今日はこれでいいでしょうか」
「先生が選んでくれるならなんでも」
そうすり寄ってきた晋作も、もうヒトではないのも間違いないが、と思いつつ、ふと問い掛けた。
「褒められたいですか、晋作?」
「……というか先生が厳しすぎるんです」
相変わらずじっとりとした視線でこちらを見詰める晋作に思わず笑ってしまう。
「なっ!?何が可笑しいんですか!」
そういきり立って言う晋作に言ってみた。
「君は僕の供物です。贄……生贄というやつですね」
「……はい」
言葉に神妙な顔つきになった彼の綺麗な髪を撫でて、ずいぶん気に入ったのだな、と自分自身に確かめるように思った。
「だが、僕にはヒトを食べる趣味がないし、君も、もう人間ではない」
「だから殺されずに置いてもらっている、満足しろ、と」
続けられた詰まらなそうな言葉に、本当に笑いが止まらなくなる。僕が隠しもせずに笑っているのが珍しいのだろう、晋作が不思議そうにこちらを見た。
だから僕は昼日中だというのにその華奢な贄だった少年を抱き上げて寝所に運んだ。晋作はまだ不思議そうだった。
「せんせい?」
「気が変わりました。食べてあげますよ、『晋作』」
奪った名を囁いて、彼を寝台に放り投げれば、晋作は手を延べて僕に触れた。
「先生なら、いくらでも。その方が面白そうだ」
妖艶なそれに、どちらが鬼か分からない、と思いながら僕はゆっくり手を伸ばした。
*
「さて」
松陰は緩く晋作を撫でながら思案する。
柔らかな子供と大人の間のような肌、その白さは病弱ゆえだろうが欲を煽った。
「しかしまあ……僕はあまり興味がないから」
そう独り言ちてみて、そう言った行為に全く興味がないことをいつだか仲間にからかわれたことがあったな、などと思い出す。しかもそれが人間の年下相手になるとは思わなかった、などと考えながら、彼は晋作の着物を丁寧に脱がせる。
「どうしました?」
問い掛けながら、やはり子供で男だからだろうか、と思い、不安げに見上げた晋作に、松陰は軽く笑ってみせた。
「正直に言いますとね、興味がないんですよ」
「……え?」
「なかった、というべきでしょうかね。生贄も、褥もどうでもいいというか」
「あの……」
脱がされて、彼の眼前に裸体を晒され、観察するように見られているのも相まって、羞恥心から少し身体を捻ろうとした晋作の身体を松陰は抑えつける。
「ですが、先程も言った通り気が変わりました」
「せん、せ?」
「ああ、その声です。その姿。晋作が気に入りました」
「えっと……」
何と答えていいのか分からずに呟いた晋作に、松陰は突然口付ける。
「んっ……」
「力を抜いて」
「ふぁっ……んぁっ……」
口吸いなんて初めてのことで、怯えるようにしていた晋作の口中に松陰は舌を差し入れる。自身も経験らしい経験はないが、とりあえず、というのが正直なところだった。
「ふっ……やぁ……んっ……」
そうしてその柔らかく温かい口の中を十分に楽しんで、酸欠気味のように真っ赤な顔でぼんやりしている晋作に、彼は自身の唾液を含ませる。
「飲みなさい」
短く命じれば、晋作はこくんと頷いてその何とも言えない味のする唾液を飲み込んだ。いつだか、正月に飲んだ屠蘇酒のような味がする、とぼんやり思いながら。
「いい子ですね」
「褒めて、くれた」
松陰の言葉に、どこかとろりとした顔で応じた晋作に、彼は満足したように身体をなぞる。そうしたら、晋作の全身がぞわりとその武骨な指の感触に波打った。
「晋作は媚薬というのを知っていますか」
「はえ?」
ぞわりぞわりと全身を駆ける熱と、節くれ立った指が肌を滑るたびに感じるどこか不明瞭な感覚に当惑しながら、掛けられた言葉に晋作は首を傾げた。媚薬、びやく。聞いたことはある、と脳内で考える。そういう薬だ、と思ってそれから、ぞくぞくと何か得体のしれない感覚が背筋を走った。
「ひあっ!?」
「相性はいいようですね」
微笑んだ松陰からはまだ何もされていないどころか、彼は着物さえ脱いでいないのに、その指がもたらす感触に晋作は嬌声を上げて身体を跳ねさせた。
「法術に近いでしょうかね。僕の唾液は色々と使い途がある。君もはじめてでは流石に可哀想だと思ったのもありましてね、少し飲ませたという訳です」
「え?あっ、やっ……!」
「我慢しないで」
ゆったりと武骨な指が白い肌を撫で、それからくすぐるようにまさぐれば、大した刺激でもないのにまたびくびくと晋作の身体が跳ねる。
「まあ、可哀想だというのもありますが、眺めたかったのも多分にありますがね」
「ひっ、ふぁっ、らめ、なに、へん!あっ、やらっ、やっ!」
「適当に相手をするよりもずっと可愛らしい」
必死に快楽に抵抗するように身体を捩りながらも、嬌声は抑えきれず、どんどんと堕ちていく晋作を眺めながら、松陰はこういったことに興味がなかったが、この少年が乱れる姿は眺めて見たかった、と自分自身に嘘を吐かずにそう言って遊ぶように彼の肌を探った。
「だめ、だめです!これっ、ひぁっ、やらぁ……!」
「我慢しなくていいんですよ、晋作」
必死になって耐えようとする彼の耳元で囁けば、その低い声さえもぞわりと駆け抜ける快楽になった彼は、ぎゅっと目をつぶる。それに合わせるように松陰の手が軽く晋作の陰茎を撫でた。
「あっ、やっ、うぁっ」
「ほら、力を抜いて?」
「ひゃい、はっ、うぁっ、あっ!」
軽く握り込まれたそこからどろりと白濁が流れ出したのを見て、松陰は笑う。
「上手に達せて偉いですよ」
「は、い……ふぁ……」
状況が呑み込めないというように荒く息をついて、特段のことをしていないのに追い込まれた身体の熱を持て余すように晋作が赤らんだ顔で見上げるそれに、松陰の背にも加虐にも憐憫にも似た、そうしてなにより欲に満ちた快楽が走る。
「せん、せ……」
特段の意味はないだろうと分かりながら呼ばれた名に答えず、酷薄な笑みを返して、松陰は彼の後孔に節くれ立った指を挿れた。
「ひゃんっ、うぁっ、きゅう、にっ!」
「慣らさないと辛いのは晋作ですからね?」
尤もらしいことを言ってそこを刺激すれば、媚薬のような体液で全身が敏感になっている彼の身体は面白いように反応する。
「あっ、やっ、だめ、らめぇ……!」
その悲鳴に満足したように松陰は指を二本に増やし、そこをまさぐれば、しこりのような一点に指が当たった。
「ひぁっ!?なっ、やら、やめて、せんせ、へんになる!」
「ああ、ここですか」
「やめっ、らめっ、おかし、うぁっ、あああ!」
必死に叫んで欲を逃がそうとする晋作のことなど構わず、彼はぐりぐりとその一点を押しつぶすように、それでいてくすぐるようにも、叩くようにもしながら刺激し続ける。
「ここが晋作の一番気持ちのいいところですよ。まあ、もっと気持ちのいい場所も探してあげますがね」
「やっ、ああっ、らめ、やめて!おかし、おかしく、っ……!」
もう嬌声も悲鳴も上げられずにその快楽に呑まれた晋作の身体がびくびくと震えて、それでも陰茎からは精液の一滴も零れずに、彼は達していた。その姿を見て、松陰はずるりと指を抜く。
「気持ち良かったでしょう?」
「せんせ、らめ、おかしく、にゃる……」
そう言って自分が射精もせずに達したことを感じながら松陰に縋りつけば、彼は笑ってするりと自身の着物の帯を解いた。
「もっと気持ち良くしてあげますからね?」
「ひうっ!?らめ、いま、いったから!」
もう限界だと抵抗しようとしたその姿が愛くるしくて、そうして欲を煽って、松陰は晋作の耳元で囁く。
「君は、僕の生贄でしょう?」
「……ひゃ、い」
「言うことを聞きなさい」
命じるようにそう言えば、その言葉に動きを止めた晋作に笑って、彼はゆったりと身体に手を掛けた。
「いい子ですね。ではまず脚を開きなさい」
「はぁい……」
とろんと欲と支配にどこか満足したふうの晋作が、その白く細い脚をゆっくりと開く。淫靡な体液が伝って、それを恥ずかしがるように荒く息をついた晋作に松陰は口付けた。
「可愛い子だ」
「んっ……」
そうしているうちに、緩く開いた脚を強く掴まれ、大きく開かされて晒されたそこに、彼の大きなものが宛がわれる。
「息を吐いて」
「ふぁっ、うぁっ……」
その質量を感じながらも必死に晋作が息を吐いた瞬間を見計らって、松陰はもう充分に硬度を持っていたそれを一気に彼の後孔に捻じ込んだ。
「ひっ、あっ、やっ!」
「舌を噛まないように……流石に狭いか」
一言言い置いたまではいいが、口にした通り慣らしはしたものの流石にまだ彼のものを受け容れるには狭いそこに一瞬眉根を寄せて、松陰はそれでも遠慮など面倒だと思い、奥までその大きな一物を捻じ込む。
「ひゃんっ!?やっ、いくっ!」
太いそれが先程執拗に弄られた一点を掠めて、耐え切れずにまた晋作の身体がびくびくと跳ねて達したのを見て、松陰は薄らと笑った。
「堪え性がない」
「きらい、に、ならない、で!やっ、おくぅ……せんせ、の、ひぁっ!」
「嫌いにはなりませんが、躾は必要でしょうかね」
「しつ?っぁっ!」
「奥も好きなんですか?晋作?」
意地悪く問い掛けて何度も腰をぶつけ、最奥まで身体を暴いて、先ごろまで何も知らなかった少年の身体に欲を植え付けていけば、段々と松陰自身も余裕がなくなってくる。
「あっ、すき、すきだからっ、またっひあっ、いく、いくからぁっ!」
淡く叫んだ晋作と、締め付けるそこに、松陰はぐっと口を引き結んでから言った。
「僕も、限界ですね。出しますよ?」
「せんせぇ、ちょうだい?」
どこで覚えて来たんだか、などと思いながら、彼はふと笑って言う。
「あげますから、残さず飲みなさい」
命じるように、それでも甘く囁けば、晋作はこくんと頷いた。
「はあい」
甘やかな返答に、松陰は彼の胎に精液を注ぎ込んだ。
*
気を失った晋作の身体を拭いて、目が覚めたら湯浴みをさせなければ、と思いつつ、松陰は落ちてきた自身の前髪を軽く掻き分ける。
「ここまで甲斐甲斐しい性格ではなかったはずなんですがね」
少しの自嘲で以てそう言って、彼は晋作の身体に着いた体液を軽く落とした。目が覚めたら一緒に湯を浴びるなど、自分はそこまで甲斐甲斐しい性格ではなかったが、と思ったら、ふと笑みが漏れた。
「せんせ?」
「ああ、目が覚めましたか。どこか痛いところはありませんか?」
目を開けてふにゃりと笑った彼にそう問えば、伸ばされた白い手を取って抱き寄せる。
「どこも、いたくないです」
たどたどしくも思える口調でそう言った晋作を、松陰はそのまま抱き上げる。
「では湯浴みでもしましょう、晋作」
「はあい」
とろんと返事をしたその淫靡な姿に、どちらが化生か分かったものではないなと思いながら、彼はふと呟いた。
「なかなかよい供物が手に入った」
昏く笑って、そのまま彼は生贄を抱き上げた。
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2023/4/25