積水

「積水、極む可からず」

 僕の戯言のような、そうして本当に最後に縋るようなその言葉に、振り返らずに彼は言った。

「安んぞ、滄海の東を知らんや」

 打てば響くように返ってきたその明確な言葉に、ああ、もうこの男はここには戻らないだろうと僕は知った。
 知っていた。彼は一人で死路を逝く。

「長州を頼む、晋作」

 別れの言葉は、呪いのように僕の中に、織のように沈み込んだ。





「別離、方に域を異にす。音信、若爲ぞ通ぜんや」

 一通も帰ってこなかった手紙と、知らされた久坂の最期に、呟く。

「だから、俺も死ぬなら一人だ」





「死ぬのは一人と決めてるんでね」
 一言言う。誰かと戦うのが嫌なんじゃない。
 ただ、彼を一人、見送って、独りにして、ひとりで死なせた僕は、俺は、責任を取らなければならないと知っていた。
 それはただ、ひたすらに、俺自身もひとりで死ぬことでしか果たせない。
 最後の約束を、やっと果たせると、俺は静かに血の滴る唇で笑った。



積水不可極
安知滄海東
九州何處遠
萬里若乘空
向國惟看日
歸帆但信風
鰲身映天K
魚眼射波紅
ク樹扶桑外
主人孤島中
別離方異域
音信若爲通


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「送祕書晁監還日本國」王維

2023/4/13