縛る
朝だっていうのにどこか何かが憂鬱で、どこか何かが物足りなくて。
「今更なんだよ」
高校生の頃は、ぬるま湯のような関係だった久坂とは、別々の大学に進学して別れた。
別れた?そもそも付き合っていたのか、僕ら?
なんでわざわざ呼び出されなきゃいけないんだ、同じ都内の大学でも別だっていうのに、なんて思いながら適当に身支度を整えて、メールを閉じて時間を見た。
*
「おまえに化粧は似合わんな」
呼び出されたカフェで開口一番そう言われて、水をぶっかけてやろうかと思った。
コーヒーはまだ届かない。
「無理をしてブラックを頼むのも、化粧も何もかも」
「……今更なんだよ」
だから朝に思ったことをそのまま口にすれば、久坂は笑った。僕はその笑みが好きだった。
だった?好きだと言えたらよかったのに、なんて思いながら。
「明確な何もなかったから、と言ったら怒るかもな」
久坂がそう言ったタイミングで、ブラックコーヒーが二つテーブルに置かれる。伝票もついでに置いていかれて、二人で来ているんだと何故かそこで改めて僕は思った。
「剣道しながら軽音楽をやって、はしゃいで、それでもずっと横にいてくれたおまえに甘えすぎた、と思ってな」
「……は?」
コーヒーを一口飲もうとしたらそう言われる。何言ってんだコイツ。
別れた?そもそも付き合っていたのか、僕ら?
朝と同じ思考が頭をよぎる。何言ってんだコイツ、と再び思ったところで、ふとカップに伸ばそうとした手を取られた。
「なに?」
「サイズが分からんから指輪はまた今度」
「は?」
間抜けた声を出せば、銀色の細いブレスレットを手首に巻かれる。
……意味くらいは分かるけど、と思ったら妙に恥ずかしいような、それでいて苛立ったような、それでもやっぱり恥ずかしくて嬉しい思いがした。
「久坂はいつから僕とお付き合いしていたつもりなんだよ、今更過ぎてぶん殴るぞ」
脈絡のないそれさえも分かってしまうほど、付き合いが長くて、距離が近くて、何もかもが狂っていたことを後悔するように、たしなめるように言えば、やっぱり彼は脈絡なく言った。
「おまえは笑っていた方が似合うぞ、晋作」
言われて恥ずかしくなって一口飲んだブラックコーヒーが苦い。
「やっぱり何か適当に頼めばよかった」
「じゃあ飲み終わったらどこか行くか」
「デートじゃん」
「最初からそのつもりだが?」
言葉が足りないんだよ、おまえは、と思ってもう一口コーヒーを飲む。
言葉が足りないんだよ、僕は。
分かるワケないじゃん、あんな曖昧な関係。
言葉にしなきゃ伝わらないじゃん、何もかも。
だけど伝えてほしくなかったのもどこか本当で、いつかどこかで振りほどかれるのが怖かったのも本当だから。
「デートならもっと雰囲気作れよな」
そう悪態をついて、僕はその気持ちを誤魔化した。
ブレスレットに縛られたように、彼に縛られたように。
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2023/5/5