は彼女のためにあるような色だ、と阿近は思う。黒い髪、黒い装束、そしてそれによく映える白い肌。
 完璧な、人形。
 いつか、マユリがそんなことを言っていたが、違う。
 その黒い瞳に映る楽しさや悲しみ、黒い髪が揺れるほど急いで走るその衝動。

「大きくなったなあ」
「……私ですか?」

 その黒く長い髪を梳きながら阿近は言った。まだ彼女の髪が短かったころから、ネムの髪を整えるのは阿近の仕事で、それが彼女が副隊長になってからも続いているのがネムには少し恥ずかしかった。

「お前が生きているだけでいいんだ」

 そんなこと、今言わなくたっていいのに、と思いながら彼はそれを言ってしまった。
 さらさらと長い髪に、油を染み込ませた柘櫛を通す。
 これを一つに結えて、それで執務室に送り出す。いつもの習慣のはざま。
 いつもの習慣を続けているのに、そこはいつもではない。

「死ぬな、ネム」

 はっきりとした声で言った。言いながら髪を編んでいく。

「大丈夫ですよ、三席」

 安心させるようにネムが言った。これでは立場が逆だと阿近は思う。
 戦いはもう止まらない。瀞霊廷は、護廷は、彼女は。

 編み終わってしまった髪の最後を紐で結わえる。
 ああ、こうやって成長した、生き続けてきた彼女が、どうしてこんなふうに戦わなければならないのだろうと、彼は小さくため息をついた。





 その時の感情は黒だった。
 ネムを失った。
 ネムを失わなければ勝てなかった。
 眠は。
 自分たちの眠は、間違いなくこの場所をを救ったのだと分かっているのに。
 分かっているのに、黒々と塗りつぶされた感情しかなかった。





「ネムの髪はきれいだな」
「ありがとうございます」

 行儀よくお礼を言った幼子に、いつかの「ネム」もそう答えたと阿近は思う。だけれどこの子は違うのだ、とも思う。
 ネムはネムで、眠は眠で、だけれどみな違う存在だと知っている。
 知っているからこそ、この新しいネムを愛そうと思った。
 神なんているか知らない。神なんていなくたっていい。
 自分は『ネム』を愛していた。自分は『ネム』を愛するだろう。
 今はもう、それだけでいい。

 この黒髪が伸びるころ、きっと彼女はたくさんのことを学ぶのだろう。
 その時まで、その先までずっと、この大事な少女を守ろうと、彼は誓った。




2019/10/15