緑は色濃く目を射った。庭の植え込みは綺麗に手入れされ、京の梶原邸は今日も平和である。
「平和だなあ」
それを言葉にするように望美はつぶやいて、やっぱり緑の着物を着た夫に抱き着いた。
「望美ちゃん、眠そうだね」
「眠そうっていうか、眠いんです」
だってあんまりあったかいから、と続けられたその季節は、新緑の頃、確かに眠気を誘う陽気だった。
「ほら、花橘が咲いてる」
「どこですか」
そう言いながら、望美はしどけなくその着物から顔を上げる。景時の指差したほうを見れば、緑の葉の中で白い可憐な花が咲いていた。
「望美ちゃんの髪に挿したら綺麗だろうなあ」
ゆったりと景時が言うと、望美はやっぱり景時の衣をつかんで言う。
「だめですよ。そんなことのために折っちゃダメ」
そう言って、望美は本当に眠いのだろう、胡坐をかく景時の膝の上に頭を乗せてゴロンと横になった。
「眠いんだ」
「さっきも言ったのに」
「じゃあ膝をお貸ししますよ、神子様」
ふざけて昔のように言ったら、望美もふふと笑った。
「摘んできたら駄目ですからね」
もう一度念を押す様に、それでいてもう眠気をこらえきれないように、ささやくように言って望美は眠りに落ちる。すやすやと寝息を立てる妻と、心地の良い風、それから目にも鮮やかな緑を見ながら、景時は思った。
「望美ちゃん、オレは君を摘んでしまったけれど」
だって君があんまり綺麗だから。
だって君があんまり愛おしいから。
「許してね」
その額に口づけて、景時は微笑んだ。
2019/10/15