茶色のチョコレートで彩られた甘い飲み物の名前は、長すぎて忘れてしまった。それよりも今は、この甘くて女子力が高そうで、とにかくキラキラした飲み物が嬉しかった。
隣にいるのがベルゼビュートなのも忘れて、アンリはそれを受け取るとはしゃぐように外に出た。外はそろそろ冬を迎えるころで、薄手のコートにそのカップを持った彼女は、どこにでもいそうな学生にも見えたけれど、ベルゼビュートからすればひどくぼんやりと浮かんで見えた。
「甘い!」
嬉しそうにそれを飲む彼女を追いかけて、ベルゼビュートはブラックコーヒーを手に歩く。山々は葉を落とし、茶色の景色は冬へと至る一歩手前だった。
冬。
今まさに甘い飲み物に喜ぶ彼女が司る、すべての命が息絶える時。
「なんだ、コーヒーとは。芸がない」
「そりゃどーも。アンタみたいにいろいろトッピングできやしないんだよ、甘すぎて」
やっと自分を見つけて、そうブラックコーヒーにケチをつけた妻にして女神にそう答えれば、アンリはふうんともう一度その甘い液体を飲み込む。
「そう言ったって、そのトッピングとやらの注文の練習台に何回なってやったんですかね」
「ば、そ、そそういうことを言うな!」
現世でデートがしたいと言われたのは天使ヶ原がどこからか持ち込んだ雑誌のチョコレートトッピングの飲み物のせいだったか。注文くらいしてやると言ったが、「今度こそは練習して女子力を高める」という訳の分からない返答が返ってきた。じゃあ練習台になってやると言ってみたら、本当にその長くて覚えられないような飲み物の注文の練習を始めた彼女が、可愛いと言うべきか、止めて自分がやるとやはり言い出すべきかと思っているうちに、こうしてその日は来て、彼女は無事に注文ができたのだった。
「秋も終わるな」
唐突に話題を変えるようにベルゼビュートは言った。茶色の世界は、いずれ黒白の世界になる。
「そうだな。余の統べる刻が来る」
はあっと息を吐いて、彼女は言った。
「すべては息絶え、絶望し、余はその世界を良しとする。その世界を肯定する。そのためだけに、あるのだから」
この世のすべての悪を、冷たさを、静けさを肯定する女神は言った。
「アンタは」
言葉を続けようとしたらアンリは振り返った。
「あ!あまりおいしくて全部飲んでしまった!」
真面目な話はなしという意味だろうか。デートだからか?と思ったらリードすべきは自分なのに、と心中苦笑しながら、ベルゼビュートは言う。
「ではもう一杯、女王様に買ってきましょうかね」
良きにはからえ、といつにも増して不敵に笑う彼女には敵わないと思いながら、ベルゼビュートは先ほどの店へと踵を返す。それを追いかける足音が、確かに自分を追いかけてくれるのだ、と思いながら。
2019/10/15