「運命」なんて 信じたことはなかった―――



神サマなんているはずがない。
だって、こんなにも人間くさい私たちが死神と呼ばれる世界だもの。
でも、もしも


もしも


本当に「神様」がいるのだとしたら、彼の人が紡ぐ物語はなんて残酷なんだろう。



永遠なる喪失、あるいは停止



戦いの爪痕が私に残したものは彼を失ったという喪失だけで、私はそこでもただ守られて甘やかされていただけだったことを知った。

「ギンの、バカ……」

彼と出会って、ただ守られるだけの存在ではいたくなかったから、その後を追って死神にまでなったというのに。一体いつから自分は彼に守られていたというのだろう。
甘やかすだけ甘やかして、そうして最後には自分ひとり置いていってしまうのなら、初めから会わなければよかったと、そう思うことさえ許してくれないほどの存在感を持ってして私の中に彼は刻みつけられているというのに、その彼だけが今ここにいない。


自分と市丸が出会ったことも
市丸が傷つき倒れたことも

その全てに意味があったというのなら、なぜ何も自分の手元には残らないのだろう。

それとも、それを「運命」と呼べば救われるのだろうか。
私も、彼も


    ―――あの男と彼女も




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雛森の見舞いがてら訪れた技術開発局は思った以上に閑散としていた。残っている局員も皆忙しいらしく、初めにあいさつをされたきり放置されている。とはいっても誰かと話をしに来たわけでもないので特に問題はないのだが。


「ここにはアンタの暇を潰すようなものなんてありませんよ、松本副隊長」

不意に後ろから声をかけられる。
声の主は私を驚かそうとしたわけでもなく、ただ私が邪魔だから声をかただけのようだった。

「阿近……、アンタいたの?」
「失礼ですね。今戻ってきたとこですよ。涅隊長の虚圏の研究のせいでウチは今手一杯なんです。用がないなら帰ってもらえませんかね?」
「そうね……、用ならたった今できたわ。阿近、アンタちょっと私に付き合いなさい」
「はぁ……。俺は今忙しいって言ったんですが聞こえませんでしたか?」
「いいのよ、ちょっと話に付き合ってくれればそれで。それに他隊とはいえ副隊長命令よ?」
「………わかりました。でも、本当に話を聞くだけですからね」

諦めたのか呆れたのか、目の前の男はため息をひとつ吐いたあと開発局とは別の方向に歩き始めた。
どうやら男の個人的な研究室へと向かうようだった。
私も一応とはいえ了承はもらったので、そのまま阿近の後を付いて共に歩いていく。


――「たった今」とは言ったが、どうしても誰かに聞いてほしい事があった。そして、それはこの男にしか話せないことではないのかと、ずっと胸の内で燻っていた思いが阿近を見た瞬間に発露したのだ。



研究室に着いた男は自分には目もくれず、こちらに背を向けて机に向かいもくもくと書類を片づけていく。別段疑っていたわけでもないのだが、どうやら忙しいと言ったのは嘘ではないようだった。
だが、話を聞くと言ったのも嘘ではないらしく、背中からは「早く話せ」とのオーラを放っている。どうやら阿近の気が変わらないうちに話してしまうのが賢明なようだと悟った。


話したいと思ったことも、早く話してしまわねばと思ったことも本当なのだが、それでも自分の想いを言葉に乗せて口にするのには大分腹をくくらねばならないらしい。


幾ばくか逡巡したあと、どうにかたった一言だけを発した。


「運命ってあるのかしらね」

「運命なんて知りませんよ」

俺の辞書には存在しない言葉です、と阿近はにべもなかった。

その答えを聞いて、なんて茶番だ、と思った。きっと、自分はこの男が運命なんてものの存在を一笑に付すことを知っていた。
それでも問いかけたのは、「運命」の存在を否定してほしかったからだろうか。

「答えがわかってて聞くのは質問じゃないと思うんですけどね」
「あら、どうしてそう思うのよ」
「だってアンタも信じてないでしょう。運命なんてものは」

そう言って阿近はこちらを振り返る。

「運命なんてあったとしても誰も救われませんよ」
「…そうね」
「救われるのは俺とアンタぐらいだ」

それは、たとえ運命なんてものがあったとしても、彼にとっても彼女にとっても、それが何の救いにならないことを暗に示していた。

「ただ、もし仮に」
「え?」
「もし、仮に「カミサマ」なんてものがいるとしたら、そいつはひどく暴力的な存在だとは思いますがね」
「暴力…、ね」

阿近と自分がどこかで似ていると感じたのは、共に大切な人を自分ではどうしようもないような途方もない暴力で奪われたからなのだろうか。

「カミサマがいたら、そいつを信じていたら、俺もアンタもとっくに祈ってるさ」

それでこの話は終わりだとばかりに阿近は机の方へと再び体の向きを戻した。どうやら、もうこれ以上話を聞いてくれる気はないらしかった。
それに私は苦笑――もしかしたら自嘲、だったのかもしれない――を零してから十番隊の隊舎へと足を向ける。

言いたかったことも聞きたかったこともすべて消化したのだからもうここには用はない。
これ以上阿近と話をしても、していなくても、私たちは前にも後にも進めないのだ。

それを私たちが望まないのだから。



運命なんてものは知らない。

ただお互いに唯一知っているのは、この場所から動くということは、いずれ永遠に彼を(彼女を)失うということに等しいと、そのことだけなのである。


               (君を失っても何も変わらないよ。違う、何も変えたくないんだ。ただそれだけ)



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運命の存在に救われてほしいのは市丸やひよ里であって自分じゃない乱菊さんと阿近さん。
終着点を探していたら、乱菊さんは終着駅に行くための列車に乗りませんでした。という話。

後半部分を後から書いたために最初と途中からで地の文のテイストが変わっていてすみません;;

この話の乱菊さんは緋雨さんの話とは違い、ひよ里の存在を認知しています。

乱菊さんが「神サマ」で、阿近さんが「カミサマ」なのは、乱菊さんは一応とはいえ神の存在を信じたいと心のどっかで思ってるからです。
一応ですが、作中の名前以外の呼び名は
私→乱菊さん 彼→市丸 男→阿近さん 彼女→ひよ里
で統一してあります。

この話を書くにあたってのテーマソングはG/A/R/N/E/T C/R/O/Wの「夢みたあとで」です。
それから、私の中でのギン乱ソングが上/原/あ/ず/みの「青い青いこの地球で」と「無色」なので、それも混じっているかと思います。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

雪灯