博打を打つのは好きじゃない。


博打


 自分の人生の中での一大博打と言えばボーダーに入ったことかもしれない、と俺は思う。基本的に不確かなことは好きじゃない。はっきりとした答えが出て、それが是であれ非であれ道は確かな方が良い。
 ボーダーに入るということはそういう点ではあまりはっきりした答えの出る行為ではなかったかもしれない。だけれど後悔はしていない。
 そうして、そのボーダーで最初に‘仲間’として認識した少女が宇佐美だった。

「宇佐美もそうだろうな」

 一人の部屋のベランダでぼんやりと呟く。
 宇佐美も多分、あまり不確かなことは好まない性格だったように思う。彼女が考える戦術はいつも確かな手ごたえや結果をもたらすものだった、と。あるいはそれ自体が宇佐美と俺の二人で作り上げた隊の戦い方なのかもしれないのだけれど、そのことにこの日になって思い至る俺は、相当な薄情者なのかもしれない。

「誤魔化すのは上手いと見える」

 そういう思考で全てを誤魔化そうとした自分に、俺は冷たく言った。
 明日、風間隊最初のオペレーターは玉狛支部に異動する。





 不確かなことは好きじゃない。
 だから俺はこの感情に名前を付けたい。
 だけれど名前を付けたら逃げられないのも知っていた。
 そうして時間だけが過ぎた。

「か ざ ま さーん!おーい!聞いてますかー!」

 だから俺は目の前にいる少女になんと言えばいいのか分からずに先程から沈黙している。それが如何に狡いやり方か、十分分かっているのだけれど。

「……聞いている」
「疲れてるんですか?」

 辛うじて返事をすれば心配そうな顔で彼女はティーカップを置いた。
 たまたま本部のラウンジで会って、少し話をしないかと誘ったのは俺だった。そうだというのに俺はその彼女になんと言葉をかければいいのか分からなかった。
 話しをしないかと引き留めた時に、それに笑顔で応じた彼女に、そうやって引き留めても許される関係なのだと小さく安堵する。
 そんなこと、考えるまでもなく一緒にいられた。同じ部隊だった頃にはそんな心配をする必要がなかった。

「なあ」
「はい?」

 こちらは気もそぞろだというのに、律儀に俺に付き合う宇佐美は、もしかしたらまだ俺の部下という認識があるのだろうか。そうだとしたらこの賭けは分が悪い。

「博打は嫌いだ。不確かなことも」
「うん、知ってますよ」

 知っている、とはどういう意味だろう。
 ああ、知っているとも。
 俺は宇佐美のことを知っている。
 宇佐美も俺のことを知っている。
 それは同じ部隊にいたから?同じ組織にいたから?

「一年掛けた博打があってな」
「え?」

 そう。知っている。
 知っているだけ。
 この感情の名前も、意味も、知っているだけ。

 一年前、彼女が自分の許を去る時に誤魔化したこの感情は、ほとんど博打だった。
 好きだ、なんて、知らなかった。
 俺も知らなかった。もちろん宇佐美だって知っているはずない。
 だから、この博打を打ったら出目がどう出るのか、なんて考えるのはもう飽きた。

「宇佐美、好きだ」

 やけにその言葉が浮いているように聞こえた。
 一年前に、彼女を失うと知ってから知ったその感情は、きっと仲間というラインから最もかけ離れた感情で。
 だからきっと、受け入れられないのを俺は知っていて、だからそれは博打と一緒だった。
 負けることが決まっている博打と、一緒だったはずなのに。

 目の前で、ぽろぽろと泣きだした宇佐美のその顔を、だけれど俺は知っている。

「風間さん、アタシ、ね」
「宇佐美の知っていることは俺の知っていることだったな」

 続きを言われる前に俺は常套句を言う。そうしたら、綺麗な涙を零したままで、宇佐美は微笑んだ。

「長いことすまなかった。ありがとう」

 長い時間を俺たちは共有していて、だから相手の気持ちを考える時間をいつも先送りにしていた。
 博打なんかじゃない。知っていた。
 宇佐美が俺のことを男として好きになっていたのを知っていたのに、先に目を逸らしたのは俺で、自分の心を誤魔化したのは俺で、そのくせ、隣にいられないと分かった途端に怖くなった子供も俺で。

「隣にいて、いいのかな」
「悩ませてばかりいて、済まなかった」

 互いの考えていることなんて、知っている。
 知っているのに踏み込めない。
 踏み込めばそれは危険な賭けになりそうだった。

 それは過去に別れを告げることだったから。
 仲間から踏み出すために、過去を捨てるのを、多分俺たちは怖がっていた。

 泣きながら微笑み彼女を見て、俺は確かな幸せを感じていた。
 踏み込むまで、博打を打つまで、少し時間をかけすぎた。




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博打、で風栞。