ケーキ


 菓子になんて当たり前だが詳しくない。
 男子大学生なんてきっと誰だってそうだと思う。ケーキの名前なんて覚えられないし、そもそもケーキとクッキー以外の菓子があることを知っていてもいちいち記憶にとどめたりはしない気がした。俺だけではないはずだ、と風間は思う。
 だから、その記憶に残っていたケーキの名前がどうにもおかしかった。





「風間さん!はいこれ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるように、いつもの調子で本部の風間隊作戦室にやってきた宇佐美に、風間はいつも通りにそれを制することもなく応じた。制するも何も、そこに呼んだのは風間だったのだけれど。今日は他の隊員が外しているから風間一人だったこともこの調子だと宇佐美はお見通しだろう。しかし、風間の用事よりも先に宇佐美は包みを差し出した。

「きくっちーたちにはもう渡しましたからね。風間さんが一人で残ってるって聞いたからここまで来ちゃった」

 そう言って渡されたのは、綺麗にラッピングされた小さな包みだった。火曜日、2月の14日は日本ではもう商戦ど真ん中である。

「バレンタインか…悪いな」
「うーん、製菓会社の陰謀感じちゃいますね」

 わざわざ持ってきておきながら言うことがそれか、と風間がおかしく思って笑えば、宇佐美も笑ってソファに座った。

「それもそうなんですけど、今日なんか風間さんが来いっていうから」

 不思議そうに首をかしげた宇佐美から受け取ったチョコレートを丁寧にかばんに入れて、それから風間は備え付けの冷蔵庫に手を伸ばした。

「菊地原たちには内緒でな」
「へ?」

 出てきたのはよくあるケーキの箱だ。取っ手がくりぬいてあるそれを開ければ、中から出てきたのは綺麗にチョコレートでコーティングされたケーキだった。

「これ…!!あそこ、あのお店の!?」
「お前があんまり言うから覚えたぞ。オペラ」

 それはまだ宇佐美が風間隊に所属していたころに、本部から学校への通りにあった人気ケーキ店のオペラだった。普段は取り置きもなく、売り切れればそれで終わりのそれが食べたいと宇佐美は何度も風間に言っていた。買ってほしいとかそういうことではない。単純に買える時間に帰れない、というだけの四方山話のつもりだった。そんなことは風間だってわかっていたのだけれど。

「バレンタインとクリスマスは予約取り置き可と書いてあったぞ。珍しく抜けてたな」

 笑って言えば、宇佐美は顔を輝かせた。ケーキがあることもそうだが、何よりもその話を覚えていて、なんとか手に入れてくれた彼に対する嬉しさが大きかった。
 だってきっと興味なんてなかっただろう。
 ケーキの名前も、そのお店も、きっと風間には縁のないものだったに違いないのに、と思ったら、ひどく嬉しかった。

「紅茶とコーヒーどっちがいい」

 二つだけのケーキを皿に取り分けて、いつものように言った風間に、宇佐美は花が咲いたように笑った。

「風間さん」
「ん?」
「大好き」