黒猫と青年科学者フランケンシュタイン


「蓮二さーん!」

 跡部邸の特設ハロウィンパーティー会場に入って、不動峰の面々に遅れたことを詫びてから、杏は一目散に掛けていった。―今日は、様々な学校のテニス部が招待されているらしい。さすがは跡部というべきか。
 …なんというか、いつも通り、ではもちろんないのだが、目当ての相手に凝った装飾はなくて、すぐに分かってしまったのだ。それはそれでちょっと残念だったが、好都合だった。

「杏。走ると転ぶぞ」

 いつも通りの平静な声音で、柳は言った。
 それで杏はそれに従って歩いて彼に近づく。近づけば近づくほど、それは、彼がまるでいつもその格好をしているのではないだろうか、と思われる格好だった。

 白衣、中にはワイシャツ、ネクタイは多分立海のもので、なぜか眼鏡。

 目立った装飾といえば白衣くらいなものである。もともと持っていたものだ、と言われても少しも驚かないな、と杏は思った。

「蓮二さん…それなんの仮装なの…?」

 それで杏は、無遠慮にそんなことを聞いてみた。でも、そんなこと慣れたもので、柳は笑って応じる。

「フランケンシュタイン」
「ええ?フランケンシュタインってもっと派手ですよ!ネジが刺さってたり、白衣は着てなかったりするんですよ?」

 それは、杏が想像し得る『フランケンシュタイン』では全然なくて、彼女は不服そうに唇を尖らせた。そうしたら、柳は伊達だろう眼鏡をはずして、珍しくちょっとだけ得意げに笑った。

「それはフランケンシュタインの怪物、だな」
「え?」
「フランケンシュタインの怪物を造った科学者、が俺の仮装だ」
「え?え?」

 混乱する杏に、柳は微笑みながら言った。その笑みはどこか冷たさを持っていて、杏はちょっと息を呑んだ。

「神に背いて死体を繋ぎ合わせ人造人間、しかし結果的には怪物を生みだし、そしてその怪物は大変醜く、それゆえ」
「怖い話やだ!」

 挟み込むように杏が言ったが、柳はまだ何かしゃべっているらしい。

「その怪物に妻や友人を殺害された青年科学者フランケンシュタインは―」

 杏はピタッと耳に手をあてている。それに柳は冷たい作り笑顔をやめて、いつもの柔和な笑みを浮かべると、『耳』を引っ張った。

「こら、今日の耳はこっちだろう?」

 ふわっとした手触りの猫耳に触れたら、杏は怒ったようにその触れる手に触れた。

「蓮二さんの馬鹿。そんな話、しないでよ」
「悪い、今日はちょっと杏を怖がらせてやってもいいな、と思ってな。そういう話をすると、この格好も悪くないだろう?」
「うー」

 唸った杏の耳を撫でていたら、結局観念したように彼女は笑った。

「白衣似合いますね。様になってる」
「杏も可愛いぞ。魔女の使い魔、といったところか」
「ふふ、ちょっと手抜きなのよ。猫耳に黒のワンピースだけだもの」
「十分だ」

 可愛い!十分!杏は嬉しくなってしまう。柳からそういう優しくて嬉しい言葉が出る度、嬉しくなる。何時だって、何度だって!

「さあ、言うことは?」

 柳は口許に指をあてて言った。それで杏は、この日一番の笑顔で言った。


「Trick or treat!」