眠れる森の美女と仮面の王子


 杏は一目散に柳のところに駆けていったし、桜乃はリョーマに捕まってしまって、朋香はちょっと手持無沙汰だ。
 サクッとテーブルから取ってきたケーキにフォークを刺す。

「やあ、ずいぶんおめかししているね」

 声は、少しくぐもっていた。それに朋香はハッと振り返る。

「誰…ですか?」

 仮面舞踏会じゃないのに、彼は顔を隠す仮面を付けていて、それが誰だか朋香には分からなかった。仮面の後ろには、青っぽくて、少し長い、綺麗な髪が見えた。

「秘密だよ」

 だけれど返答は『秘密』。それに朋香は、怖がる代わりにわくわくした。

「じゃあどうして顔を隠しているの?」
「王子は人に顔を見られると蛙になってしまう呪いを掛けられたんだ。悪い魔女にね」

 彼は可笑しげに、そんな作り話を言う。朋香は、そんな話は聞いたことがなくって、だけれど楽しくなってしまって言った。

「奇遇ですね。私も悪い魔女に呪いを掛けられちゃったんです」
「どんな?」
「百年の眠り!」

 そう言って、朋香はぱくっとケーキを食べた。百年の呪いも、この美女の前では無意味なんだと思って、王子は笑ってしまう。美女、というようり、美少女か、なんて思いながら―

「じゃあお嬢さん、俺と一緒にその悪い魔女を倒しに行こうか?」
「いいですね!」

 美少女も王子も血気盛んだった。だけれどその前に、美少女は言わなければならないことを思い出した。

「なんか食べないと魔女を倒す元気でないなあー」

 ケーキを食べているのに陽気なものだ。彼女は笑ってその正体不明の、優しそうな王子に向かって言った。


「Trick or treat!」