事始め
「ただいまー」
気の抜けたような夫の声に、望美は邸の入口へと駆けだした。
*
話は大晦日の深夜にさかのぼる。この世界に来て二度目の歳末を、隣にいることを願い、望んだ景時と共に過ごしたその深夜のことだ。
「じゃ、オレ行くから!望美ちゃんと朔に母上は任せたよ!」
「へ?」
望美の呆気にとられた声に応じる余裕もないままに、あれよあれよと家人が磨墨を連れてきて、驚いて表を見れば、梶原の郎党からいくらかの手勢が用意されている。
「あれ?」
何かあったかな、と望美が思案しているうちに景時はすまなそうに一度振り返ると磨墨を駆った。
「ほんっと、兄上は慌ただしい人ね。どうせ、望美にもどこに行くか言っていなかったのでしょう?兄上のためにこんなところで見送りなんてしたら風邪を引いてしまうわ」
呆気に取られている望美の手を引いて朔は彼女を邸の中に引き入れる。それから先ほどまで景時と望美が談笑していた火鉢を寄せて、望美に衣を掛けた。
「あの、景時さん急に何かあったの?」
不安げに朔を見た望美に、彼女は苦笑して首を横に振る。
「ああ、違うの。鎌倉殿にね、新年のご挨拶に行くことになっているのよ。九郎殿はもうついているころだと思うわ」
「ええ!?今からで間に合うの?そんな、言ってくれたらあんなに…」
「いいのよ。兄上がいつまでも望美とべったりしていたのは自業自得だし、いつものことじゃない」
そのからかうように言われた言葉に望美は真っ赤になって朔に抱き着いた。
「朔の意地悪」
「そうかしら?本当のことしか言っていないわ」
「景時さんに悪いことしたなあ、ギリギリまで相手してくれて」
「望美が悪いと思うことないのよ。ね、そろそろ年が改まるわ。今夜は姉上とご一緒したく思いますわ」
「さーくー」
いじけた猫のようにぐりぐりと抱き着く望美、もとい、姉に、朔は内心ため息をつく。
(兄上も本当にしようがないのだから。望美のこととなると周りが見えなくなってしまって。望美もそうだけれどね)
「本当に、いつまでたっても変わらないわね」
本音を言ってもきょとんとした望美に、朔は可笑しくなってしまって吹き出した。
*
そうして話は冒頭に戻る。景時が戻ったのは三箇日は過ぎていたが、七日にはまだ間に合う、そのような時分だった。
「景時さん、お帰りなさい」
邸の主をその奥方が出迎える、一般的な光景だが…
「ただいまー!!出迎えすっごく嬉しいよ」
「ちょっ、まだ皆さん見てるから!!」
その奥方を馬から飛び降りた主がぎゅうぎゅうに抱き締めるのは、この時代では全くもって一般的な光景ではない。梶原の郎党たちは頭領のいつもの奥方への過剰な愛情表現から目を逸らしつつ、かみ殺した笑いをこらえきれずにいた。何せ、方や源氏の軍奉行、方や伝説の白龍の神子なのだから、この和やかすぎる光景はいつ見てもどうにも平和な笑いを誘われる。
「ほらあ!!みんな笑ってるから放してくださいー!」
「見せつけておけばいいんだよ」
そう言って額に口づけた景時を、すこんと扇で叩く者があった。
「兄上、姉上が困っております。いい加減になさいませ」
「朔までひどいなあ」
「鉄扇でないのです。私の優しさに感謝していただきたいわ」
「え…鉄扇で殴る予定もあったの…朔怖い…」
やっと解放された望美は朔に飛びついて周りに見られている羞恥から彼女の肩口にかをうずめた。
そこで景時も家来に呼ばれる。何か大きな荷物を下して、景時に手渡しているのを横目に見ながら望美は今度こそちゃんと邸の中で景時を出迎えようと決めた。
*
「改めて、お帰りなさい、景時さん」
「ただいま」
やっと挨拶が出来たのは景時の部屋だ。土産があるから部屋にいてほしいという言伝を預かって、それで待っていたのだった。夕餉の後、夜半の前、そんな夜の初めごろのことだった。
「ほんっと、望美ちゃんがいるこっちの邸に帰ってくると落ち着く」
そう言って今度こそなんの邪魔もなく望美を抱き締めてその温かさを堪能し始めた景時に、さすがに恥ずかしくなってきた望美は問いかける。
「あの、お土産って?」
そう問えば、景時はその抱き締める腕を解いた。
「そうだった、そう。これ、頼朝様と政子様から望美ちゃんに。朔にもあったからさっき置いてきたよ」
「へっ!?」
部屋の隅にきちんと置かれていた唐櫃は、望美に言伝を持ってきた家来が運び込んだものだったから、望美はてっきり景時の荷物だと思っていたのだが、景時はその櫃を望美に差し出した。
「開けてみて」
「…はあ?」
朔はまだしも自分は覚えのない、というかむしろ目の敵にされているのでは?とさえ思う二人からと言われて、困惑しつつもその櫃を開ければ、中から出てきたのはいくつもの反物と髪飾りや玉の数々に、それから端の方に包まれていたのは上質な墨と硯に筆、そうして練習用と思しき料紙のようだった。
「文具は頼朝様から。『胆力と武芸はあるようだが、お前の室ならば歌才もあろう』だってさ」
「それって、歌を書けってことですか!?無理無理無理!絶対嫌味ですよこれ!」
ぶんぶんと首を振る望美に、景時はおかしそうに笑って、それから反物と装飾品を指差す。
「こっちは政子様。『あの子はあんなに可愛らしいのに、剣を振るうによい格好ばかりさせている甲斐性なしの景時に代わってわたくしが見繕いましたの。妹君もいくら尼だからって、もっと素敵な反物を買ってあげたらどうなの』だって。ほんとにオレの甲斐性なし具合って筒抜けだよね」
笑いながら言った景時に望美はその墨と反物や装飾品の数々を見て、それから景時をじっと見つめる。
「私、お二人に嫌われてると思ってたんですけども…」
「あー、それはね、オレもけっこう気にしてたんだけど…なーんかさ、頼朝様も政子様も、いつかどこかであの神から解放されたかったみたいなんだよ。オレの見当違いかもしれないけどさ」
目を細めて、それから彼はふと胸元から消えた宝玉のあった場所と望美を見る。
神に魅入られるのは、どこか自分が自分でなくなるような気がするのではないかと、そう思ってから、望美とそうして妹の朔は、それぞれにその神を愛し、その神を包んだのだから、そうであるから、望美という神子に魅入られた自分を景時は心の中で俯瞰する。
「怖いな」
「え?」
「怖いと思う。神に魅入られるのは。だから、きっとお二人は君が現れたことにどこかで安堵していたんだと思うよ」
そう言って、景時は未だ彼を魅了してやまないその任を解かれても未だその清浄たる姿に感じられる望美に、ゆっくりと手を伸べた。
壊れ物を扱うように触れた頬に、望美は手を重ねる。
「大丈夫ですよ、景時さん。私はここにいますよ」
そう言われて、景時は安堵する。安堵すると同時に、ひどく独占欲にかられた。この美しい神子は自分だけのものだ、と。清浄たるを汚すことが出来るのも自分だけだ、と。
「ね、抱き締めていい?」
「いちいち聞かないでください!」
恥ずかし気に言った望美を景時は抱きすくめる。そうしてから、望美を抱きしめたまま、今度は抱え上げて褥に下ろした。
「ちょっ、景時さん!?」
「姫始めってね〜」
「急すぎますー!!!」
ばたばたと床で騒いでみたものの、鎌倉に行って望美不足症候群に罹った景時には無駄な抵抗だ。押し倒されて腕を布団に縫い付けられたそこで諦めの境地に至った望美に比して、景時はその床に香る匂いにふと望美を見つめた。
「覚えててくれたんだ」
「梅香、ですよね?景時さんと出会ってすぐの頃、梅の香りが好きだって言ってて。覚えてますか?朔と二人で作ってた時に景時さんが教えてくれて」
「覚えてるよ〜!嬉しいな、この香りの中で君を抱けるなんて」
「疲れて帰ってきたらこれでぐっすり眠れるかなと思って焚いたのにすぐそっちに持ってくんだからー!」
望美の言葉も何のその、景時は妖艶に笑ってみせた。
「この香りの中で望美ちゃんが乱れるところが見たいな」
そう言って、望美の返答を呑み込むように深く口づけて、望美がその口中をまさぐる舌に翻弄されているうちに、景時は横たわる望美の着物をはだけてそのやわらかな双丘を揉みしだく。
「んっんんん…」
酸欠気味ながらも艶めかしい声を出した彼女の口を解放すれば、大きく息をつく。しかし、気付てい見れば胸はもういいようにもてあそばれてて、口が解放されれば喘ぎしか出てこない。
「ひゃんっ!やあ…胸、だめぇ…あっ」
「駄目ってことはないでしょ?こんなに固くしてさ」
そう言ってその頂をつまめば、望美は高い嬌声を上げる。
「ひゃあああ!やっ、あっ、かげとき…さん…胸だけで…うあ…イっちゃ…う…から、だめぇ」
彼女が快感に耐えきれず体をはねさせるたびに梅の香りが漂って、景時はその淫らな望美とその香りに彼女の体に触れているだけなのに劣情を抑えるのに苦労するほど興奮していた。
「ん〜?望美ちゃんは床じゃ堪え性ないからね〜」
「だから、だめって、あああ!」
そう叫んだ望美に構わず、痛みを感じるほどに景時はその頂をつまんで、それから胸を強く揉んだ。そうすれば、望美の体は大きくはねる。
「やああああ!!」
叫びの後に弛緩したようにぐったりと床に沈んだ望美の耳元で煽るように景時は囁く。
「胸だけでイっちゃうなんて、望美ちゃんやらしいね?」
「ちが、景時さんが、胸ばっかりやるからぁ」
ふるふると首を振った望美に、景時はさらなる加虐心に駆られてしまう。どうにも望美と共に在れるようになってから、彼女をいろいろな場面で困らせたり、それこそ性技でもてあそぶのがとても楽しいのだ。悪趣味かもしれないが、本当に愛してる望美を見るといろいろ試してみたくなるのが男の性だろう。
「ふぅん?胸以外ってどこ?」
「〜〜〜!!景時さんの意地悪!」
「なんで?だって胸ばっかりって言うから、教えてほしいなあって」
そう言えば一度絶頂に達したぼんやりした頭で、望美はふるふる震えながらゆっくりと答えた。
「えっと…その…下、も」
「下?じゃ、脚開いて?」
「恥ずかしいから、いつもみたいに景時さんがやってください〜」
半泣きの奥方に構わず、静観を決め込むような涼しい顔をした夫に、蜜壺が切なくなっていく望美はおずおずと脚を開いた。夜着はもう完全に体から脱がされ、望美の白い肢体が、燭台の灯りでも余すところなく眺めることが出来て、しげしげと眺める景時に望美はぎゅっと目をつぶった。
「意地悪〜!!」
「何のことかな?奥方様の美しい体に見蕩れてるだけなんだけど?」
そう言って、景時は彼女の太ももを舐った。
「ひゃんっ!」
「胸、そんなに感じた?こんなとこまで望美ちゃんのやらしくておいしい蜜が垂れてるよ?」
そう言って、太ももに彼女の意識が集中しているうちに、景時は望美の蜜壺に指を一気に二本差し入れた。
「ひゃああ!急っ、にっ!やっ、だめぇ…イったばっかりだからぁ」
「え〜でもこっちも触ってほしかったんでしょ?」
「あんっ、やっ」
「嫌なの?」
揚げ足を取るようにそう言って、指の動きを止めた景時に、望美は荒い息をついて、耐える。快感が欲しいのに、決定的には与えてくれない。いつにも増して意地の悪い景時は、こんな時本当に加虐趣味が過ぎると望美は思っていた。そうしてそれから、こうなった景時には、これしかないというのも知っていた。
「景時さん」
「なにかな?」
「えっと、その…景時さん、を、私のやらしいとこに挿れて、く、ださい…!」
羞恥で真っ赤になりながら、一年間で景時に仕込まれたいやらしいおねだりをすれば、景時はもう劣情を抑えきれるはずがない。
「よくできました」
そう言って望美をふっと抱え上げると、ふわりと香る梅香と共に彼女を胡坐の上に乗せて、一気に貫いた。
「あああ!!深い、だめぇぇ、またイっちゃうよぉ」
横たわっていないからより深くなる結合に、望美は嬌声を上げ続ける。その声と、締め付けるような彼女の蜜壺が景時を余計に煽る。何度も腰を上下させれば、揺すぶれられる望美は、細かい絶頂を何度も味わって、甘い声を上げる。
「また、イっちゃう!あっ、やああ!も、だめ…、あっ!またあああ!」
敏感になりすぎた彼女が何度も何度も絶頂を味わって、彼女の脚と景時の脚を愛液が濡らす。
そのてらてらとした光景に、景時ももう我慢などできようもなかった。
「激しい、よぉ…!」
「ごめん、オレも限界だから一緒にイこうね?」
優しい言葉とは裏腹に、思い切り腰を打ち付けて、最奥へと陰茎を押しやる。
「や、深い…!なにこれ…いつもとっ!?あああ!」
「くっ…出すよ、望美ちゃん!」
景時は最奥に劣情を吐き出して、望美も果てた。ぐったりと二人で床に横になる。梅の香りがほのかに二人を包んだ。
「最後、気持ちいいんだけど変な感じがして…あれって…?」
望美の質問に答えず、誤魔化すように笑って、景時は水差しから彼女に水を渡す。
(まさか子宮まで当たったよ、なんて言ったら絶対混乱で新年早々寝込んじゃうからね〜)
「望美ちゃんはうぶだから知らなくていいんだよ〜」
そう言うとぷうと頬を膨らませた望美だったが、景時がもう一度抱き締めた。
「優しいことしてごまかすからー!絆される私も大概ですけど!」
「許してくれたなら幸いです、神子様」
「なんかからかわれているような…」
そこまで言ったところで景時は望美の顔中に口づけを落とした。
「くすぐったいですー!」
そう言った望美に構わず、ひとしきり口づけを降らせると、景時は真っ直ぐに望美を見た。
「遅くなったけれど、あけましておめでとう」
「あ、そうだった!あけましておめでとうございます!」
互いにそれがおかしくて笑い出してしまったが、景時はもう一度真剣な顔をする。
「こんなに穏やかな新年を迎えたのは初めてだよ。全部、望美ちゃんのおかげだね」
「そんなことないです。景時さんが切り拓いたからここがあるんですよ」
そう言えば、嬉しそうに笑って、景時は望美を正面から抱きしめた。
「ねえ、望美ちゃん。今年はややを作ろうか」
「へ?」
「うーんとね、今日やってみて、今年は行けそうな気がした」
先ほどのことを思い出して景時が言えば、望美は意味が分からないながらもかなり恥ずかしい話をされていることには気づいたから真っ赤な顔になってしまう。
「何が何だか分かりませんけど…景時さんが欲しいなら」
羞恥で真っ赤になりながら答えた望美を景時はもう一度抱き締める。
「じゃあ早速もう一回やろっか」
「それは駄目です!!!」
妻の鉄拳制裁に床に落ちた景時の横に、一糸纏わぬ望美は体を滑り込ませて抱き着く。景時だって何も着ていないから、身体同士が密着してあたかい。そうしてその熱から梅香が香る。
「今日はこのまま寝ましょう」
「そうだね」
「明日から、頼朝さんので練習して…朔と一緒に政子さんの反物仕立てにもらいに行って…それから、景時さんといっぱいお話しして…」
そう明日からの計画を立てているうちに、うつらうつらと望美は景時に寄り掛かって眠りだす。それに景時は掛布団を引いて二人で入って望美を抱きしめる。
人肌はいいものだななどと、昔の自分ならば絶対に思うことのできなかったその感覚に思いを馳せながら、景時は燭台の灯りを吹き消した。
「おやすみ。今年も君がいてくれて幸せだよ」
そう言って、彼も彼女の体温と鼓動を感じながら、眠りに落ちた。
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姫始め的な!
2018/1/8