「いい眺め」
冷たく言い放った夫、景時に、望美は羞恥とどうしてこうなってしまったのかというぐるぐるした思考を落ち着けるように息を呑んだ。
狂騒遊戯
「つーかーれーたー」
六波羅の九郎をはじめとした鎌倉から京と西国の守護を任された面々が政務を行う役所に、景時の気の抜けた声が響いた。実に一ヶ月ぶりのことである。
「ああ、戻ったんですね。もう夜ですよ、遅かったですね」
「ただいまー。街道が混んでてさ、結局馬引いて歩かざるを得なかったもんだからこんなに遅くなっちゃったよ。ほんっと、西国の視察ってさあ、ヒノエくん代わってくれないかな」
「無茶言わないでください」
景時が西国の視察に行って一ヶ月。九郎の軍奉行として西国の統治状況の把握に直接出向いたその視察は何だかんだとひと月もかかってしまった。
「長旅ご苦労。景時、報告書はそのうちでいいからな」
政務の文机から立ち上がって、だらしなくも板の間に倒れこんでいる景時を九郎はねぎらいつつも、そのだらしなさに紙の束で軽く頭を叩いた。
「あー、報告書なら途中で送った書状を清書するだけだから、今日明日で終わらせるよ」
「無理はするな」
もう夜も遅い執務室には気心の知れた三人しかいないからか、ごろごろと板の間を往復する景時に軍奉行らしき姿はない。しかしそれもいつものことなので九郎は呆れたように息をつくだけだし、弁慶は笑ってそれを見ているだけだ。
「それより景時、こんな刻限だ、早く邸に戻らなくてもいいのか」
「戻る戻る!だってもう望美ちゃん不足過ぎてオレ死んじゃう!」
九郎の言葉にガバッと起き上がった景時に、九郎は苦笑して、それから思い出したように言った。
「早く帰ってやれ。望美も相当退屈していたようだぞ。何せ先生の庵にちょくちょく行っていたくらいだからな。俺も暇をみては久しぶりに打ち合った。それに譲が住んでいる星の一族の邸に泊まり込みで、」
「え、九郎今なんて言った」
突然冷たい声で返してきた景時に気圧されながら、九郎はもう一度繰り返す。
「だから、望美もお前がいなくて退屈だったんだろう。先生の庵に行ったり、譲のところに遊びに行ったり」
「どういうこと?」
「いやだから」
景時の目が完全に据わっているのに九郎の背中に嫌な汗が流れる。そんな九郎の苦悩を知ってか知らずか、にっこり笑った弁慶が続けた。
「ああ、そういえば昨日僕のところにも来てくれましたね。薬湯の煎じ方を教えてほしいと言われまして。いくつか薬草と生薬の使い方を教えて渡しましたけど、暇を持て余してのことでしょうかねえ?」
「お、おい!弁慶!」
楽しげな弁慶に、景時の目はますます険を帯びる。それに九郎が何か言おうとしたところで、景時が口を開いた。
「ふーん。そっかー、望美ちゃんは八葉のみんなのことが大好きだもんね?」
「い、いや、景時そういう訳では」
「鬼の居ぬ間に洗濯っていい言葉だよね?」
にっこり笑った景時に言われて、九郎は笑顔のくせに目が笑っていないそれに引きつった顔で応じる。
「だからそういう訳では、ない、と思うぞ?」
「九郎、オレもう今日は帰ってもいいよね?」
彼の言葉には全く取り合わず言われたそれに、九郎は様々なことを諦めて、引きつった顔のまま言った。
「……もちろんだ」
「ありがと。あー早く奥方様の顔が見たいな〜」
心にもないその言葉に九郎と弁慶は心中で望美の無事を祈りながら、さっさと六波羅を後にした景時を見送った。
*
「景時さん遅いね」
「今日には帰るという話だったのに、九郎殿への報告に手間取っているのかしら」
困った兄上ね、と笑った朔に、望美はちょっと残念そうに台所の方を見遣る。今日は景時が返ってくるからと、せっかく譲のところで特訓したご馳走を準備していたのにきっと冷めてしまった、と。
それにリズヴァーンはなんでも一人で出来るから、裁縫の苦手な望美は剣術ではなく繕い物に付き合ってもらいにも何日も行っていた。景時の着物を何枚もひと月のうちに繕っていたのだが、邸では自分一人でやりたくても邸の女房達に止められてしまい取られてしまう。
さらに、今日は景時が帰ってくるからと昨日弁慶のところに行って疲れに効く薬湯の材料と煎じ方を習っていた。薬湯はもう出来ていてもう一度火にかければ寝る前の景時に温かいものを飲ませられる状態だ。
そんな準備万端で待っているのに、当の景時が帰ってこない。そう思って門の方を見遣った時だった。磨墨の嘶きと、それから郎党に磨墨を任せる景時の声に、望美の顔がぱあっと晴れる。
「良かったわね、望美」
「うん、私出迎えに」
と、駆けだそうとした望美よりも早く、この邸の主たる景時は戸口の二人のところまですたすたやってきていた。
「おかえりなさい!」
「遅いわ、兄上」
妻と妹の声に、しかし景時はふと微笑んだだけで何も言わない。その様子に二人が顔を見合わせると、今度こそ景時は二人に声を掛ける。
「朔、こんな遅くまで起きているものではない。寝なさい」
「兄上?」
「望美ちゃん、オレ湯浴みしてくるから、君も部屋に行ってなさい」
微笑んでいながら優しさのかけらもなくそう言い放って、景時はすたすたと二人の横を通り過ぎた。
*
「景時さん、なんで怒ってるんだろう」
九郎さんと喧嘩したのかな、それともこんな遅くまで起きてたから怒っちゃったのかな、と思いながら望美は言われたとおりに二人の寝所でおとなしく景時の湯浴みが終わるのを待っていた。そうしたら、かたんと几帳を避ける音がして、湯浴みをしたばかりでわずかに肌が上気した着物姿の景時が現れた。
「あ、景時さん!」
怒っていても愛しい夫だ。ぱあっと顔を輝かせた望美に、景時は冷たく笑いかける。それに望美は輝かせていた顔が一気に恐怖にすり替わって座ったまま後ずさる。その彼女の手を景時は強引に取った。
「景時さん、怒ってます…よね?」
「うん、怒ってるよ」
あっさり言って、冷たく笑ったまま景時は彼女の手を片手でひとまとめにすると、もう片方の手で器用に自分の着物の帯を抜いた。
「あの、なん、で?」
「分からないか〜。じゃあ分かるまで教えてあげなきゃね」
そう言って、相変わらず器用に抜いた帯でするするとまとめられていた両腕を彼女の後ろでまとめる。
「な、なに!?」
「おとなしくしてないと痛いかもよ?」
そう脅すように言って、今度は望美の夜着の帯を抜く。たちまちあらわになった肢体に、なんとか身をよじって景時の視界からそれを逸らそうとした望美に、彼はつうと胸の頂を撫でた。
「ひゃっ…!」
望美がその刺激にひるんだ隙に、脚を大きく開かせてその間に座ってしまえば、秘所をあらわにさせられた状態で固定される。あまりの羞恥に涙目になって望美は景時をにらんだ。
「いい眺め」
冷たく言えば、望美は怯えたように目を瞬かせる。
「な、んで?」
「可愛い顔してもだーめ。オレがいない間に浮気したでしょ?」
耳元に息を吹きかけて囁き、耳朶を噛む。そうすればそこが感じるよう景時に仕込まれている望美の抵抗はあっけなく止んだ。
「そんな、こと、してませんっ…」
「ふうん?」
「やあっ!いたっ」
心当たりがないから本当のこととしてそう言った望美の双丘を、真正面から景時は遠慮なく押しつぶすようにわしづかみにした。痛みを伴うようなそれにぽろぽろと望美の目から涙が落ちる。しかしお構いなしに景時はそれを続けた。
「リズ先生のところに何日も行って?」
「あっ、やぁ…んっ」
「譲くんのところに泊まりに行って?」
「ちがっ、ああっ!や、だめぇ…」
「昨日は弁慶のところでお楽しみだったとか?」
グッと揉みしだく手に力を籠めれば、くたっと望美の体が前に倒れこむ。
「あらら〜?痛かったんじゃないの?ずいぶん気持ちよさそうだね。手酷くされるのが神子様はお好みかな」
そう言ってグイっともう一度形が変わるほど掴めば、望美はあえかな声を上げる。
「気持ちいんだ?……淫乱」
「ちが、やっ、景時さん、やだあ」
「淫乱な望美ちゃんはオレだけじゃ満足できない?」
そう倒れこんできたから耳元で言えば、望美は堪らずぽろぽろ泣きながら景時の肩に顔をうずめた。
「景時さん怒ってるなら、謝るから、ごめんなさい、違うの、だから、聞いて」
切れ切れに言いながらぐいぐいと必死に肩口に顔を押し付ける望美に、景時はやっと理性を取り戻す。怒りに我を忘れて無体を働いたことにやっと思い至って、そうしてすぐに後ろ手で縛っていた腕を解けば、望美はわんわん泣きながら景時にぎゅうと抱き着いた。
「ごめんなさい、違うの!先生にはお裁縫、景時さんの着物、邸にいると女房さんがやっちゃうから、一人でしたくて…!譲くんには、私料理苦手だから、帰ってくるまで特訓で…今日帰ってくるって聞いてたから、景時さん疲れてるだろうなって、弁慶さんにお薬の作り方教わって!」
ごめんなさい、と何度も続けながらぎゅうぎゅう抱き着いてくる望美に、景時はやっと自分の勘違いとあまりに理性を失っていたことに気が付いた。
「浮気なんか、してないから…!信じて!!」
泣きながら叫んだ望美に、ああなんて可愛いんだろうと景時は今度こそ望美を抱き締める。
「オレが謝らなきゃ。ごめん、ひと月も望美ちゃんに会ってなくて、その間にみんなのとこに行ってたなんて聞いたから早まっちゃったオレが悪いね、これは」
「かげ…とき…さん、もう怒ってない?」
今度こそ顔を上げて景時を見上げた望美の涙にぬれた顔に、景時はついばむような口づけを何度も落とす。
「むしろ望美ちゃんが怒っていいよ、これ。ほんと、これ完っ全に望美ちゃん不足で頭働いてなかった」
言い訳を並べた景時に、涙をこぼしながらも望美はむうと膨れた。
「痛かったです。それにすごく景時さん怖かった」
「ごめん」
「私だって会えなくて寂しかったのに」
「うん」
「でも、景時さんが私を嫌いにならなくて、良かった」
最後にはふにゃっと笑って言った望美を、景時はぎゅうぎゅう抱き締めた。
「ああーもう!オレが全面的に悪いのに望美ちゃん可愛すぎない!?」
「ちょっ、景時さん!」
他の男のもとに行っていたと思っていたそれがすべて自分のためで、それを勘違いして仕置きをしようとした自分に嫌われなくて良かった、なんて、健気すぎて自分のやったことを棚に上げて景時は可愛すぎる妻を抱き締める手を緩めない。
「可愛い。もうひと月も望美ちゃん不足でオレおかしくなってたんだよね」
「ちょっと、待って!」
「待たない」
今度は違う意味で暴走し始めた景時を押し留めようとするが、脚の間には景時が座っていて、どうにも抵抗のしようがなかった。
そうしているうちに秘所に手が伸びて望美はびくっと体を強張らせる。
「濡れてる。やっぱり気持ち良かったんだ」
「ちが、ちがうもん!」
「望美ちゃん、痛いのも感じた?」
違うという否定は意味をなさず、耳元でささやきながらそのぬかるみに指を差し入れて、ぐっしょり濡れたそこを楽しむようにぐちゅぐちゅと音を立てながら景時は望美を責める。
「あっ、だめ、だめだよ…んっ」
「あんなにひどくされても感じちゃうなんて、望美ちゃんはやらしいなあ」
「それ、は、景時さんが、景時さんだか、らっ…やあ!あ、あだめ、はげし…」
「あんまり可愛いこと言わないでよ」
「やああっ」
望美の可愛らしい弁明に指の動きを速めれば、望美は高い声を上げて喉を反らした。くたっと弛緩した体を抱き留めて、景時は向かい合った状態で彼女を抱きかかえるように自分の上に乗せた。
「もっと気持ちいことしようか?」
ささやけば達したばかりのぼうっと上気した顔で望美はこくんとうなずいた。それを合図に、自身を埋め込む。座った状態だから自然と自重で深くなる結合に、望美は息をつめた。中に入ってくるその感覚に、呼吸をするたび甘やかな声が落ちる。
「あっ、やっ…」
「全部入ったよ」
「んっ…」
何度体を重ねても初々しい反応を返す望美に微笑んで、景時は彼女の細い腰を掴んで揺らす。
「だめ、あっ」
「駄目じゃないでしょ?そこはもっとって言わなきゃ」
「やっ、んっ、ゆすっちゃ、だ、め、あっ」
「ほら、駄目、じゃないでしょ?」
だめと繰り返す望美にくすりと笑って、景時は彼女の感じる場所を的確に抉って追い詰める。こんな状況でも羞恥で震える望美が可愛くて仕方がなく、同時にたまらなく乱してしまいたかった。
「あっ、やああ!それ、だめぇ…あっ、いっちゃう、また、いっちゃう…!」
「いいよ。気持ちよくなって」
「かげとき、さんも、いっしょが、いいから…あっ、やああ!」
「くっ」
高くあえいで締め付けた彼女の中に、望美の言ったとおりに一緒に精を吐き出せば、今度こそ望美の体から完全に力が抜けて、くたりと景時に抱き着いた。
*
「着物頑張って直したのに」
「オレも望美ちゃんに西国の珍しい衣買ってきちゃった」
「ご飯冷めちゃった」
「ごめん、街道が混んでたから」
「薬湯飲みますか」
「うん、飲みたいな」
「じゃあ放して!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、非難めいた望美の言葉を知りながら自分の行いを棚に上げて望美の頬や首筋に絶え間なく口づけを降らせる景時に、望美は真っ赤になりながら恥ずかしさに震えていた。
「私、怒ってますよ」
「ごめんね?」
「景時さん怖かったんだから!」
「うん、ごめん」
「……もう知らない」
ぷいっとそっぽを向けば、景時はその顎をつまんでこちらを向かせ、今度こそ唇に口づける。
「じゃあ今日は許してもらえるまで頑張っちゃおうかな?」
「どうしてそうなるの!!」
反省して!という妻の叫びが寝所に響いたが、特段の効果はないようだ。
2017/06/14