「朔!大丈夫!?」
「望美こそ!」

 京の西の外れは嵐山にて、応龍の神子が互いの名を呼び合う。
 目の前には怨霊。すべての元を断ったはずだったが、残っていた怨霊なのだろう。五行は調えられたはずだったが、人の心に巣食う陰の気を喰らったのか、巨大な怨霊を前に望美は剣を振るい、朔は対話を試みていた。





 嵐山に居を置く星の一族から早馬が梶原邸に着いたその時、その馬を即座に借り受けて、望美はそれに飛び乗った。朔を乗せ、つかまる様に言えば朔の手が腰に回される。それを感じると朔の了解の返事を聞く前に望美はその馬を駆った。
 それからほどなくして着いた嵐山では、被害はまだ出ていなかった。だが、手が付けられないほど巨大化した怨霊と、その周りにそれが生み出したと思われる細かな陰気の怨霊が見え、すぐに望美は剣を抜いた。

「はあっ!!ちょっと数が多いね…!」
「望美、この小さい者たちにはまだ私の声が届くわ。少し鎮めることができる!」

 望美の剣は、こちらの世界に残って景時の妻となってからも暇さえあればリズヴァーンに稽古をつけてもらっている。時には九郎と稽古と称して打ち合うこともある。だから全く鈍っていなかった。だが実戦はいつ以来だろうと望美は思う。それは朔も同じだ。京での安穏とした生活からもう一年以上が経っていたのだから。朔の声が小さい怨霊たちに届き、鎮まったところで二人は一気に封印を施した。

「あとは、あれか…」

 望美のつぶやきが僅かに息が上がっているように思えたのは朔の気のせいではない。

「望美、あの怨霊に私の声は届いていない。怨嗟と悲しみの声だけが響くわ」

 朔が言えば望美は彼女を振り返る。

「朔、聞いちゃダメ!無理しちゃだめだよ!」
「それは望美だってそうよ!あなたが剣を実戦で最後に振るったのは一年以上も前のことだわ!」

 そう言い合ったところで、その怨霊の巻き起こした水気の飛沫が二人を襲った。
 そうして、話は冒頭に戻る。





「なんとか、しなきゃ…」

 二人で術を生み出しても、その水気をたたえた怨霊には吸収されてしまう。だから一度目で術でその怨霊を抑えることを二人は諦めた。

「望美、いったん退くべきよ!ここは星の一族の邸近くなのだから譲殿のいる侍所に早馬を出すはず。そうすれば九郎殿たちにもこの事態が伝わるはずだから!すぐみんなが来るわ!」

 朔が真っ当にそう言ったが、望美の様子は幾分おかしい。そのことに朔がなにがしかの声を掛ける前に望美は跳躍し、その剣を怨霊に突き立てようとした。

「望美!?望美、駄目よ!あなたどうしたの!?」

 水気によって生み出された膜に一瞬阻まれた剣を、しかし望美は猛然と突き立てる。膜はあっさり破れ、その怨霊に切っ先が触れたが、硬い皮膚にはじかれた。それで後方に飛び退るが、望美はまたしても剣を構える。

「望美!」
「倒す、倒さなきゃ」

 朔の制止の声はいつの間にか届かなくなっている。そうして、朔は彼女の頬が紅潮していることに気が付いた。

(熱!?まさか、穢れに中てられた!?望美でも弾けない穢れだとでもいうの!?)

 それでは余計に駄目だ、と朔は望美をあらん限りの力で抱き留めた。それにやっと振り返った望美に、朔が感じ取れる範囲で穢れはなかったが、代わりに朔を振り返り見遣る視線はどこか幼く、茫洋としていた。抱き留めた体は熱を持っていて、朔はなだめるように言った。

「望美、お願いだから止まって!」
「さ…く…わたし…」

 たどたどしく望美が言ったその瞬間だった。

「朔!望美ちゃんをそのまま放さないでよ!」

 響いたのは朔の兄の声だった。
 次の瞬間、タンッと軽い銃声がした。

「望美ちゃん、オレが分かる?」

 景時の銃撃に完全に動きを止めた怨霊に、朔は兄の放ったそれが魔弾だったのだと覚った。朔が抱き留める望美に視線を合わせて言えば望美はこくりとうなずいた。

「辛いだろうけど、封印してしまおう。朔もしっかり頼むよ」
「分かっています、兄上。望美、大丈夫よ。いつも通り気を合わせましょう?」

 穏やかに朔が言えば望美はもう一度うなずいて、それから二人は抱き合った状態のまま声を合わせる。

「かのものを封ぜよ」

 戦が常だったときよりも穏やかな二人の声が響き、その怨霊は封じられた。





「無事か!望美、朔殿!」

 封印が完了し、熱を持ってぼんやりとした望美を景時が抱き留めているそこに、馬を駆ってきた九郎と弁慶、そして譲が駆け込んできた。

「先輩!景時さん、先輩は大丈夫なんですか!?」
「譲殿、落ち着いて。穢れは受けていないようだから」
「うん、譲くん。大丈夫、朔の言う通り穢れは受けていないし、怪我もしてないよ」

 望美の状態を朔から聞いて彼女を仔細に検分していた景時が言えば、譲はほっと息をつく。

「すみません、すぐに駆け付けられなくて。朔も、先輩を守ってくれてありがとう」
「いえ、私は…でも望美の様子が…体調がすぐれなかったのかもしれなかったのに、私、気が付けなくてここに連れてきてしまったわ」

 俯いて言った朔に、一帯を見回していたそこから戻ってきた弁慶が声を掛ける。

「朔殿、僕も昨日望美さんに会いましたが体調がすぐれないということはありませんでしたよ。だから朔殿が気に病むことではない。穢れを受けていないと景時と君が言うのだから、ほかに理由があるのでしょう。それよりも朔殿も望美さんも無事で何よりです。朔殿、望美さんのことは景時に任せましょう。それよりも君は怨霊と対話をしたのでしょう。気分がすぐれないということはありませんか?」
「大丈夫です。ご心配を…」
「いや、心配はしたがお前たち二人が駆けつけてくれなければ大きな被害が出ていただろう。すぐに駆け付けられなかった俺たちが謝るべきことだ。すまない」

 九郎にそう言われて、朔はやっと安堵の表情を見せた。この人たちがいればもう何があっても大丈夫だとやっと安心できた。だがまだ心配が尽きたわけではない。兄であり、望美にとっては夫である景時の腕の中で茫洋としている彼女に何が起こったのか、それが気がかりで仕方がないのだ。

「兄上、望美は大丈夫なのですか?」

 そう声を掛ければ、景時はその状況に相応しくないほど素っ頓狂な声を上げた。

「へっ!?う、うん、大丈夫、だよ?ね、望美ちゃん?」
「は…い…」

 景時の問いかけにゆっくり応じた望美に朔の不安が爆発しそうになったところで景時は間髪を入れず言う。

「譲君は星の一族の邸の人たちに事が済んだことをすぐに伝えてくれないかな。かなり心配しているだろうから」
「分かりました」

 景時の言葉に応じて、譲はすぐに踵を返し邸の方に向かう。望美が心配ではあるが、ほかでもない自らの対であり、望美を伴侶とする景時の言葉だ。それに自分もまた星の一族であることを含めて、この事態が解決したことはすぐに伝えなければならないことは明白だ。景時の言葉に従うのはやぶさかではなかった。それを見遣って、景時はさらに続ける。

「九郎、悪いんだけど今日は朔と弁慶を邸に寄せてくれないかな?朔は一方的に怨霊の声を聞いていたようだし、何か弁慶に薬湯を煎じてもらえると助かるよ」
「兄上!私は大丈夫です、ですから望美は!」

 言い差した朔を、すべてを察したらしい弁慶がひょいっと抱えて九郎の愛馬に乗せる。

「弁慶殿!?」
「朔殿、先ほども言ったでしょう?望美さんは景時に任せましょう?景時は奥方様を大事にしているんですから、君もそれは十分知っているはずだ。さ、九郎。女性が乗っている馬なんですからしっかり手綱を引いていくださいね。君は徒歩ですよ」

 その弁慶の威圧感と景時の常とは違う面持ちに、九郎は気圧されたように「あ、ああ」とだけ答えて、朔の乗る馬を引いた。





 景時は望美を抱えるようにして、湯殿の一角で湯をいっぱいに張った盥にちゃぷんと彼女をおろした。何も身に着けずされるがままになっている望美の肌は薄桃色に上気していたが、それが湯の温かさからくるものだけではないと景時は知っていた。そうだからこそ、望美は抵抗もなくぼんやりとしているのだ、と。

「どこもしみない?」
「ん…だいじょぶ、です」

 着物の上からは望美も朔も外傷は認められなかったが、万が一ということもある。湯に入れば細かな傷にもしみるはずだと思っての処置だった。
 望美の返答に景時はほっと息をつく。怨霊までは想定していなかったが、平家の残党や、全く関係のない落ち武者がいつ現れるとも分からないというのに、馬を駆って出歩いてしまう奥方と、それからそれに付き合うことのある自身の妹にして奥方の義妹に、知られぬように隠形のまじないを掛けていたのが功を奏したのだろう。今日向かった場所からは強い陰の水気が感じられたから、二人とも隠形がなければ傷を負っていただろうと思うと肝が冷えた。

「良かった〜」

 口ではそう言いながらも、盥からはみ出た上半身を景時の胸に預ける望美の息は荒く、体も熱っぽい。その原因を彼は察しているから、ゆったりと彼女の体を撫でた。

「かげとき、さん…」
「ん?」
「熱い、の」

 そう言ってしなだれかかった景時の胸板に望美は頬を擦り付ける。上着だけ脱いで望美を抱えていた景時の袴に彼女の長い髪から散った滴が落ちた。

「剣を取ったら、体中熱くなって、朔の声も聞こえなくて、朔が抱き留めてくれるまで、なんだか、私、おかしくて…まだ、全身熱くて…私、どうしちゃったんだろう」

 いやいやと駄々をこねるように頬を、額を景時の胸板に押し付けながら、泣き出しそうに言った望美の体を景時は盥から抱え上げる。ざぶんと音がして、浮き上がった体に望美は短い悲鳴を上げるが、それをあやすように景時は耳元で言った。

「何もおかしくないよ。大丈夫」
「かげとき、さん?」
「オレも経験あるから。とりあえず、部屋に戻ろうね」

 そう言って景時は熱を帯びた裸の望美を清潔な布にくるむと、彼女を抱えたまま湯殿から出た。廊下に点々と滴が落ちたが、誰か拭くだろうと適当なことを考えながら部屋に戻り、几帳の奥の床に彼女を横たえる。

「んっ」

 横たえた途端に口づければ、少しだけ苦しそうに、だけれどひどくその先を求めるように望美はそれに応えた。だが彼女の期待を裏切るように彼は舌を差し入れはしない。唇を合わせるだけのそれに体を震わせて焦れたような反応を見せた望美に、景時は怪しく笑った。

「望美ちゃん?」
「ん…はい…」
「あのね、君はたぶん興奮してる」
「…え?」

 目を丸くした望美に、噛んで含めるように景時は言った。

「最後に剣を取って戦ったのは一年以上前だよね?その頃は怨霊に戦にと休む間もなかった。だから、戦いの昂りや興奮を次の戦いで消化していたんだ。だけど今回は違う。久しぶりに戦ったうえに、その高揚の捌け口もなかった」
「あ、の…それって…?」

 混乱している望美に、景時はゆっくり言い聞かせる。しかしその視線が、笑みが、徐々に艶を帯びてきていることに、望美の中の熱はどんどん高まってしまう。それが望美自身にその混乱の核心を少しずつ覚らせていた。

「そういう時ってさ、戦に出てると結構、性欲に変換されたりするんだよね〜」
「なっ!!!」

 口調こそいつも通りだがその爆弾発言に望美は跳ね起きそうになったが、その鎖骨辺りを押すように景時が軽く触れれば短いながらも甘い声が出てしまう。たったそれだけのことで望美は寝床に逆戻りだ。

「だからたぶん望美ちゃんも戦いで発散できない分、欲情してるんだと思うよ?」

 景時の笑い含みの言葉に、羞恥から何も言えなくなって口をはくはくと動かした望美だったが、そうはっきりと言われると、体中を渦巻く熱が暴走しだすのを感じてしまう。それを見て取ったように、景時は耳元に甘い毒を流し込む。

「さすがは戦女神と言われただけのことはあるね。やーらしい神子様?」
「やあ…!」

 そう言われる羞恥は計り知れないし、夫の低く甘い声と熱い吐息に耳を犯されればもう耐えられない。

「熱い、よ、景時さん…」
「神子様の仰せのままに、な〜んてね?」





 太ももの内側を強く吸って赤い花を散らし、それからそこまで流れてきている蜜を舐めとる。それにびくりと望美が震えた。

「あっ、やあ、そんなと、こ…っ!」
「そんなとこって、ここのことかな?」
「あぁっ!や、や、んっ」

 からかうように言って、景時はその太ももから舌を這い上がらせて、その蜜の源泉に這わせた。蜜壺を舌で犯されて、望美は身をよじりその快感から逃れようとする。

「あっ、あ、だめえ、も、もう、あっ!」
「もうだめ?そんなはずないよ。まだまだ溢れてくる」

 そう言ってわざとじゅると音を立てれば、ぽろぽろと望美は涙をこぼした。それが快感からくる生理的なものなのか、羞恥からくるものなのか、もう本人にも判然としない。

「ね、望美ちゃん?もう何回イッちゃったかな?」
「わかん、ないよぉ…あっ、やっ、だめええ!」

 意地の悪い質問の後に花芯を強く吸えば、望美は全身を震わせてもう何度目とも知れない絶頂に達した。
 くったりしてしまった奥方の秘所から顔を上げて、景時は彼女の頭をやさしくなでる。

「かげ、ときさん」
「だいぶ楽になった?」
「わたし、わたし…」

 優しく尋ねたはずなのに、今度こそ生理的でもなければ、まして羞恥でもない、なにか叱られることに耐えるように目をぎゅっと閉じて涙をこぼし始めた望美に、今まで余裕の態度で、いや、むしろ熱を発散させるという建前を持って望美の痴態を楽しんでいた景時は、一転して焦ったようにその涙をぬぐって目元を何度も撫でた。

「望美ちゃん?どうしたの?痛かった?」
「私、こんな、剣を握って…」

 泣き止まない望美の言葉に、景時ははっとする。だが、望美の性格だ、きっと自分の口から言ってしまった方がいいのだろうと何度も安心させるように彼女の頭や頬を撫でながら辛抱強く続く言葉を待った。

「戦って、こんな、欲情して、何回もやらないと収まらなくて…」

 必死に言葉を紡ぎながら涙をこぼす彼女の額に優しく口づければ、彼女はやっと目を開いて縋るように景時の腕をつかんだ。

「こんな、はしたないの、景時さんきっと嫌いになっちゃった!」

 ぽろぽろと泣きながら言った望美に、景時はやりすぎた自分に反省する。最初は確かに戦いの高揚からくる熱だったが、途中からは完全に景時が好き勝手望美を啼かせた結果だ。はしたないも何も、望美のつややかな姿を大義名分のもとに引き出して堪能したのは景時の方なのだから、反省すべきも、嫌われる可能性があるのも彼の方というものだろう。

「望美ちゃん、そんなこと全然ないから」

 やわらかに言うが、でも、だって、と望美は言い募る。その唇を口づけでふさいでしまって、それから景時は言った。

「オレはいつもの望美ちゃんもやーらしい望美ちゃんも、大好きだよ?」
「ほんと?」
「ほんとに決まってるでしょ〜?オレが信じられないかな?」

 ふざけたように言えば、今度こそほっとしたように望美は景時の背中に腕を回した。

「よかった」
「当たり前でしょ?だから、ね?」

 とろんと身を預ける望美に景時は妖艶に笑って見せた。

「もっと気持ちよくなった望美ちゃんも見せて?」





「あっ、やっ、そこ、だめえ!」
「なんで?望美ちゃんここ大好きでしょ?嘘はよくないなあ」
「やあんっ!」

 ぐいと腰を掴んで望美の感じる場所を自身でえぐれば、望美の口からはあえかな悲鳴が上がる。婚礼を経て一年以上が経つのだ、望美の感じる場所なんて景時は知り尽くしている。それでもいまだ初な反応を見せる望美がいとおしくて仕方ないのだけれど。

「あっ、やっ、イッちゃ、あああ!な、んで?」
「今日何回目?言ってみて?」

 達することを告げようとした望美に、景時は急に腰を引いた。浅い部分を行き来するそれと奥の喪失感に、望美は泣きそうになる。そうして聞かれたそれは、こうしてつながる前にも聞かれた意地の悪い問いだ。

「やだ、いじわる…わかんないよぉ」
「分かんないくらい、何回も気持ちよかった?」
「気持ちよかった、から、あっ、も、待てな、い…奥、景時さんで、いっぱいに、して?」
「よく言えました。奥方様の御意のままに、ってね?」
「あああ!やっ、そんな、急に、あっ」

 望美の可愛い懇願に、一気に腰を進めて奥まで強く揺さぶる景時に、望美の脳裏は白く染まった。
 その絶頂に締め付けられて、景時も精を吐き出した。





「景時さんのバカバカバカー!!!」
「ごめんって!」
「私、私絶対最初の二回か三回までだったもん!それだってきっとご飯食べて素振りでもすれば収まってたもん!!」
「でもさ〜こうやって気持ちよくなっちゃうのが一番手っ取り早いんだって」

 身も蓋もない景時の言葉に、望美は枕に顔をうずめてうなった。

「うー、景時さんと結婚してから景時さんのせいで私…」
「オレと結婚してから望美ちゃんが可愛くていやらしくなった話?」
「うるさいですよ!!」

 笑い含みに言われて望美が叫べば、その耳元に景時は囁いた。

「オレだけの望美ちゃんだからね。可愛くて、強くて、綺麗で、ちょっとやらしい君が大好きだよ?」

 そういうことを言われると、許してしまう自分も大概甘いのだ、と思いながら、望美は体を反転させて諦めたように景時に抱き着いた。




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2017/03/31