景時と望美は熊野の龍神温泉に来ていた。事の発端はかなり遡り、荼吉尼天を討った後まで遡る。
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「この子は、黒龍…!」
泣きながら再び黒龍に選ばれた朔はその小さな龍を抱き締めた。
景時がすべてに決着を付け、五行が調ったと思われたその中で、白龍が懸念していたことが一つ的中した。「黒い方が苦しんでいる」、だから、陰陽が和さない、と。その言葉を聞いて真っ先に反応したのは朔と将臣だった。自分が反応するならばまだしも、と思い、将臣を見遣った朔に、将臣は今までの平家の経緯を話す。
『逆鱗ならまだあるはずだ。清盛は荼吉尼天に喰われたが、逆鱗は見つからなかった』
『頼朝様も、オレが黒龍の逆鱗を持ってることを疑問に思ってなかった。政子様が見つけられなかった、と』
二人の言葉に朔の中に抑えようのない動揺が広がる。
『朔、行ってみよう』
『で、も…』
朔から黒龍について、彼女がどれだけ黒龍を愛していたか、どうしてこんなことになってしまったか聞いていた望美は彼女の手を取る。そうして朔と望美は逆鱗の呪詛につなぎ留められた黒龍に相対した。
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消滅を願った最愛の人の望みを叶えて、朔はそれからひどく意気消沈していた。二度目の別れなんて、と景時は臍を噛む思いだった。自分には、本当は別れなければならない望美がこの世界に残ってくれたのに、と。せめてもの救いは、今度は妹のそばに望美がいてくれることだった。そんなある日のことだった。
「私の神子は、貴女だ」
小さな黒龍が、朔の許へ降り立った。
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そのようなことがあって、黒龍と朔は睦まじくお付き合いしている。今度こそ、景時も安心して二人を見ていられた。それは自分の隣に望美がいるからかもしれない、とも思った。
「よしっと」
「あれ、望美ちゃんどうしたの?」
「あ、景時さん!ヒノエくんから文を出してたのにお返事がきたんです。大変だったんですよ!私まだ書って苦手だから」
「あ、そういえばなんだか最近よく聞きに来てたね?」
そんなある日のこと、早馬で届けられた文に望美が目を通していた。どうやらヒノエかららしい。
「熊野の龍神温泉!ヒノエくんが押さえてくれたんです!前に朔の話を景時さんがしてくれたから。ほら黒龍も一緒に」
「そんなときのこと、覚えててくれたんだ」
妻にして朔の姉となった望美の気遣いにふと微笑むと、望美も笑ってくれた。それが何よりもうれしい。
しかし、続く言葉の気遣いは景時を一気に沈ませたが。
「お母様と、朔と黒龍の分、宿を抑えてもらったんです。景時さん今、忙しいでしょう?だから私と景時さんはお留守番」
笑顔で言って、その抑えた宿やら何やらが書かれた文を持って、望美は朔の部屋のある対へと駆けていく。その後姿に景時はその優しさへの感謝と同時に、彼女もいっしょに行きたかったろうにという申し訳なさやら、自分だって休みを取れれば、いやしかし不可能だという九郎への恨み言やらで思わずうなだれた。
「絶対休み取る…」
だから、新妻の後ろ姿に景時はぼそっとつぶやいた。
*
そうして、朔たちが熊野に行ってから二月ほどが経った。季節はもう夏も半ばに差し掛かっているその時期になって、やっとまとまった休みを取ることが出来た。ついでに水面下でヒノエに頭を下げ続けて宿を押さえてもらったのもなかなか大変だった。
『姫君二人のためだったら取ってやるけど、なんで野郎のために取ってやらなきゃならないんだよ』
文を出したら本人が来たあたり、京に用事があったのだろう。良かったと思う一方で予想通りの内容だ。
『弁慶に頼んでもいいの?』
『それはもっとごめんだね!あいつに熊野あたりをうろうろされるのは願い下げだよ』
『じゃあいいとこ見繕ってよ!』
縋ってくる景時に、なんだこの男ほんとに叔父より年上なのかと思いながらも、望美関連のこととなるとどこか吹っ飛ぶきらいがあったなとヒノエは思い直す。
『こないだ望美と一緒に留守番してたんだろ。いい奥方様だね、妹御のために宿は取るけど自分は夫のために留守番とは』
『だーかーらー!そういう嫌味はいいから!!だから、そうやって我慢させた埋め合わせだからいいところ取ってほしいの!!いいでしょ?いいって言ってくれないと弁慶に頼むよ!?』
訳の分からない脅し文句と、それにしたって景時と望美の二人の幸せを願っていない訳ではないヒノエはその頼みを請け負った。
そういうことがあって、現在景時と望美は龍神温泉に来ている。
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「景時さんいつの間にヒノエくんに頼んでたんですか」
「だって朔たちは行ったけど望美ちゃんは来られなかったでしょ?オレが忙しいばっかりにごめんね。だから今日からの休みは埋め合わせ」
「そんなの良かったのに」
荷解きをしながらのこの会話はもう何度目だろう。旅に出る前もしたし、道中もした。そうやって申し訳なさそうに、休みを取ったことや宿を押さえていたことに礼を言う望美の唇に景時は指をあてた。
「ね、その話はもう終わり」
「でも……」
「オレが望美ちゃんと来たかったんだよ?」
「え…?」
「だってさ〜、そりゃ、君に我慢させちゃったかなってのもあったけど、オレだって黒龍みたいに想い人と温泉行きたいじゃない?あ〜もうオレさあ、黒龍の青年の時も見てるから、今の黒龍は子供だって分かってても記憶ないんですよー!とか言われても普通に嫉妬しちゃうよね。朔と黒龍は温泉行ったのにオレは望美ちゃんと行けないなんてそんなのひどいじゃない」
そう、本音を言ってしまって景時はぎゅうっと望美を抱き締めた。景時のその言葉に望美は真っ赤になって景時を押し返す。
「あ、汗かいたから!夏だし!とりあえず温泉入りたいなーなんて…?」
「じゃあ一緒に入ろうか?」
「え?」
「なんかここ、温泉まるっと借りられるらしいよ?ヒノエくんいいとこ押さえてくれたよね〜。支払いはもちろんオレだからだろうけど」
でれっと笑った景時に、望美の羞恥心は頂点に達した。
*
「うわー、この岩風呂結構広いね」
「広くて良かったです!!こっち来ちゃだめですからね!」
宣言通り一緒に入ることになり、少しでも状況を良くするため先に温泉につかって、その端まで行って、湯けむりで姿の霞む景時に望美は声を上げた。岩をくりぬいた湯舟は広く、端と端なら不用意な接触は避けられそうだ。
「え、なんで?」
「な、なんでってこっちのセリフ!!」
本気で分かっていないふりをして、ざぶざぶと近づいてくる景時に、湯の色が乳白色で本当に良かったと思いながら望美は肩まで隠れるように湯につかった。
「来ないでって言ったのに!!」
「なんで?」
「そ、それ、それは…」
「裸なんて見慣れてるじゃない?」
「な、な、なんてこと言うんですか!!」
さらっと爆弾発言をして、景時は簡単に望美を捕まえる。
「大丈夫〜。さすがに温泉で盛るほどじゃないですし?」
またしても問題発言をして、湯の中で望美の滑らかな肌に指を滑らせる。
「ここ、肌にも優しいし疲労にも効くんだって。温泉って色々あるもんだね〜」
「んっ、そうです、ね」
盛らないと言いながら、景時の武骨な指が湯の中で望美の胸を辿る。
「なんなら体洗ってあげたいけど、恥ずかしい?」
「ていう、か…まず、手、どけて…?」
「なんで?さっきから遠慮することないのに」
遠慮とかじゃなくて!と望美は強く思うが、景時は湯の中が見えないのをいいことに彼女の胸を先ほどから執拗に撫でまわしている。
「やっ、だめ、だよ、ここ、お風呂…」
「んー?」
「ひゃっんっ!景時さん、だめ…!」
強く先端をつまめば耐えかねたように景時に身を預けるが、だめ、と浅い呼吸で繰り返す妻に、景時はくすっと笑う。
「じゃあ、部屋なら続きしてもいい?」
「……ずるい」
「だめ?」
景時の意地の悪い質問に、望美は温泉に入ったからではなくて熱を持ってしまった体を預けることで答えた。
*
「温泉で胸しかいじってないのに望美ちゃんずいぶん艶っぽいね」
「んっ、ちが、うもん」
「胸、そんなに良かった?」
そう言ってつうとその形をなぞるように辿る。部屋に戻って褥に横たえてしまえばもう望美は抵抗らしい抵抗が出来なかった。いつものことだ。
「ちがう、の」
「ふうん?温泉で期待してたのは望美ちゃんの方だったかな〜?なーんて思うんだけど。オレは温泉につかってただけなのに、こっち来ないで、なんて言われちゃったからさ」
そう言ってやわやわと胸を揉めば、望美はその刺激に小さな声を上げながらぼうっと霞む目で景時を見返した。
「やっ、ちが、景時さんと、旅行…あっ」
「なに?」
答えを急かすくせに、手は止めない。むしろ強くなる愛撫にもたらされる快感から望美はつうと涙をこぼした。
「あっ、景時さん、と旅行、こういうのは、初めてだから…んっ」
「初めてだから?」
「期待したけ、ど、…そんな、やらしいことじゃなく、て…ああ、やああ!なんで、あっ、だめぇ!」
望美の言葉に景時の手は的確に快感を与える動きをして、それから器用に望美の脚の間に体を入れて、脚が閉じられないようにしてしまう。
「だめ、じゃないでしょ?やっぱり期待してたんだ。ここ、もうぐしょぐしょ」
「だから、違うって、旅行、楽しみで!」
「二人で来たらこういうことも期待しちゃって?」
望美の言葉を都合のいいところだけ切り取って、景時は晒された秘所をゆるゆると撫でた。
「あっ、あっ、だめ、私、景時さんと、旅行…っ」
まだ何か言いたげな望美が可愛くて仕方がなくて、つぷと景時はそこに指を差し入れる。きっと、旅行が楽しみなのであってこういうことを期待しているのは景時の方だと非難したいのだろうと十分分かっているからこそ、快感に飲まれないように必死に抗議の言葉を紡ぐ望美が可愛くて仕方がない。
「そうはいっても気持ちよさそう」
「んっ、あ、だめぇ、動かしちゃ、やっ」
ぐちゅぐちゅといやらしい音が聞こえるようにあえて激しく指を動かせば望美は逃げるように動こうとする。そんな動きを片手で押さえて、景時は指の動きを緩めはしない。
「だめ、あ、やああ!あ、いっちゃ、いっちゃうよ」
「いいよ。熱いでしょ?一回いっといた方が楽だって」
「だめぇ、だって、私、あっ、やあんっ、やらしいことっ、期待してる、みたいに、なっちゃ、やああ!」
望美の感じる場所を抉れば、がくがくと脚が震える。それで達したのだと覚りながら、達する直前に言われた「やらしいことを期待しているみたい」なんていう煽り文句に、景時は言い知れぬ昂りを感じていた。
「ほんとはやらしいこと期待してた?」
「ちがう、の」
力の抜けた望美の顔をのぞき込んで意地悪く言えば、しっとりと濡れた瞳が非難の意志を込めて景時を見る。それさえ彼を煽る材料にしかならないのだけど。
「じゃあ、やめる?」
「やめちゃ、やだ…」
「じゃあ期待した?」
堂々巡りの問いは、辛抱強い景時に分がある。そうでなくとも一度いじくられた体は景時に教え込まれたせいでこのままでは熱を発散出来はしない。だから望美は一度ぎゅっと目を強くつぶって、その欲に濡れた瞳をゆっくり開くと、羞恥を押し殺して言った。
「期待したから、やらしいこと、して?」
震えながら言った奥方に、景時は口づけた。
「御意ってね?」
*
「やっああ!」
「望美ちゃんすごい。やっぱり期待してた?」
「ちが、あっ、やあ、あ、だめ、だめぇ」
グッと腰を進めれば、望美の中は景時を放すまいとするようにうねる。それに導かれるように何度も腰を動かせば、そのたびに望美は甘い声を上げた。望美にとっては何度やってもこの自分の声にも、この景時に中をかき回される快楽にも慣れるということがない。
景時にとっても望美と繋がっている時の快楽は代えがたいものがあった。代えなんていらないけど、と常から思っていることではあるが、二人の体の相性は相当にいい。いったん動きを止めて繋がっているだけでも相当に具合がいい。
動きを止めた景時に、望美はほうっと息をつく。それでも中に納まった彼から与えられる熱量から快感を拾ってしまう。
「ね、そろそろもっと動いてもいい?」
「はい…」
今までだってさんざん中を犯しつくしたのに、まだ羞恥が残っているように小さくうなずいた望美に、世界一可愛い、なんて叫び出したい衝動にかられながら、景時は叫ぶ代わりに存分に彼女をよがらせることにした。
「やああ!んんっ…!激し、はげし、の、だめぇ」
「激しい方が、好きでしょ?」
「んっや、ああああ!いっちゃう、から、だめぇ、奥、あああ!」
景時に責め立てられて、望美の視界は真っ白に染まり達してしまう。その瞬間に締め付けられて、景時も彼女の中で果てた。
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「望美ちゃん、機嫌直して?」
「やです。景時さんとせっかく旅行に来たのに、景時さんこんなことしか考えてないなんて!」
「冗談だよ〜?」
「冗談でここまでしますか!?まだお昼だったのに!!」
腕の中で抗議を繰り返す望美の機嫌を取るように何度も髪や首筋口づけるが、望美を抱き締めて捕まえておく腕を緩めることはなく、景時は身のない謝罪を繰り返していた。
「ね、今度こそなんにもしないからゆっくり温泉入ろうよ?」
何度も優しく口づけられて、観念したように望美はその言葉にうなずいた。
「今度は変なことしちゃだめですからね?」
「分かってるよ〜」
この宿での逗留はまだまだ残っているのだから、と思いながら景時は物分かりがよさそうなふりをした。
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2017/7/3