春宵一刻


「つーかーれーたー」
「西国はどうでしたか、景時」
「うん、まあ大丈夫だよ」
「帰って早々だ。報告は明日でいい」

 西国の視察から戻って、諸々のことを部下に任せ九郎と弁慶のもとへ戻った景時は、開口一番「疲れた」だった。今回は少し時間がかかったのだ。その上、ヒノエとそれからこっそりとだが、将臣にも顔を見せてきたのだから、余計に時間がかかる。それも苦になるほどではないが、夕刻の前に京に戻れたのは幸いだろう。

「いくら日が長くなったとはいえ、夜の街道はもっと疲れるしね」
「まあそうだな。お前、もう帰っていいぞ。俺は望美に恨まれたくない」

 べたっと板敷の床に寝そべる景時に九郎がそう言えば、彼はバッと起き上がる。

「え、ほんと?報告は明日でいいけどたまった書類書けとか言われると思って来たんだけど」

 だってまだ明るいし、と続けたら九郎は溜息をつく。

「お前は俺を何だと思っているんだ。さっさと帰って奥方の顔でも見てくるんだな」

 とんとんと紙束をそろえた九郎の気遣いに、弁慶はふっと笑う。

「そういうことです。早く帰って差し上げては?」

 二人に言われて、景時は嬉しさと、それから二人に気を遣われたそれに少しの気恥ずかしさを感じながら「じゃあ、お言葉に甘えて」と、京邸への帰路についた。





「あら、表が騒がしいと思えば、兄上。おかえりなさいませ」

 出迎えに出てきたのは妹の朔だった。彼女のそれが少しためらうような、それでいて少し残念で安堵したような、何とも言えない表情だとその機微が分かるのは兄妹ゆえか。

「ただいまー。朔、変わったことはなかった」
「ええ。というかこの度は本当に長かったのね。今日には戻ると九郎殿がおっしゃってはいたけれど」
「うん、まあいろいろと」

 そう言ってそわそわと自分の後ろを見やる兄に、仕様がないと思いながらも、朔は軽く息をつく。

「兄上、望美なら寝ているわ」
「え…?」
「いえね、九郎殿が今朝、今夜には戻る話をしていったのよ。そうしたら頑張りすぎた、というか、緊張していたのね、きっと。私ももっといろいろできればいいのだろうけれど、ほら、望美は兄上の室でしょう?文やら客人やら、今回は長かったから、自分がやるんだと意気込んでいて。文なんて慣れないでしょうに、何度も聞きに来て。私がやると言っても聞かないし、それに望美宛てに兄上のことを尋ねる文もあるから、私が開けるわけにもいかなくて」

 困ったように朔はもう一度息をつく。

「兄上が帰ってくると聞いて安心したのよ。起こしてはだめよ」

 朔にそう言われて、景時は心配でそこから走りだそうとする。それをやはり朔は止めた。

「だから、今は寝かせてあげて。夕餉までまだ時間もあるし、兄上は荷解きをして、湯浴みをして!」
「でも!」
「本当に、似たもの夫婦ね」

 そう言って、朔はぱちりと扇を鳴らす。久しくそんな機会なかったが、と思いながら、家人に景時の世話を言いつけて強制的にその場から彼を遠ざけた。





「ほんとに寝てる」

 それから朔によって荷解きや湯浴み、そうして夕餉を食べるところまでおぜん立てされる間も望美は顔を出さず、心配で仕方がなかったかが、確かに長旅の帰りでやることも多く、やっと戻った自室で静かに寝息を立てる望美に、景時は知らず声を潜めた。
 それからそろそろと近づいて、桃色の髪を梳く。そうしたら、猫のように望美は体を丸めた。昼から寝ていたのだろうか、上掛けはきっと朔が掛けたのだろう。それにしても望美自身の装束は薄い。このところ暖かい日が続いているからといっても今の時刻では少し寒いだろう。

「ごめんね、無理させちゃって」

 そう言って軽く頭を撫でて起こさないようにそっと額に口づけると、むずかるように、望美は体をさらに丸めた。

「ん」

(起こしちゃった?)

 少しばかり焦って手をのけようとしたら、それを上掛けの中から伸びてきた白い腕がついと引く。まだ寝ているだろうに、温かい熱源が欲しいとでも言うような緩慢な動作だった。

「かげときさん」
「ん?」

 起きていないのは間違いないのに、夢の中で自分の名を呼ぶ妻に、手を捕まえられて、そんなふうに呼ばれて嬉しくないはずがない。

「すき、だいすき」

 そう言って、降れている手を抱き込むようにして頬を寄せた望美に、景時の我慢は限界になった。

「ごめん、それは反則」

 すり寄ってきた望美の体を軽々と抱き上げて、抱きしめれば、望美は驚いたように目を覚ました。

「景時さん?」
「ただいま」

 自分が抱き上げられていて、目の前で「ただいま」と言う夫がいて、という状況を望美が理解するまでには少し時間がかかった。ぱちくりと目を瞬かせて、それから望美はそこに景時がいる、と思い至り、ぎゅっと抱き着いた。

「おかえりなさい」
「うん」
「寝ちゃってた。景時さん、遅いんだもん」
「ごめんね」

 そう言えば、望美はぎゅうぎゅうと景時にしがみつくように彼を抱きしめる。

「本物の景時さんだぁ」
「それはこっちのセリフ。お腹すいてない?夕餉食べてないでしょ?」
「うーん、今は景時さん優先」

 そう言って、存在を確かめるように望美は景時にすり寄り、首筋のあたりに口づけてみたりしている。本当に、猫のようだと思いながら景時はそんな望美を抱き上げたまま自分も彼女の額や頬に口づける。

「ふふっ、くすぐったいです」
「ねえ、望美ちゃん、ほんとにオレ優先でいい?」
「もちろんです」

 そう言った望美に、景時は妖しく笑う。

「じゃあ、さ。久々に奥方様を食べたいな、なんて」

 その一言に望美は真っ赤になって、だけれど小さくうなずいた。





「あっ、だめ」
「なーにが」

 くちゅっと水音をことさら立てるように景時は望美のぬかるみを長い指でかき混ぜる。

「やっ、ひさし、ぶり、だから、あっ」
「うん、だからすごーくゆっくりやってるんだけど、お気に召さないかな?」
「だ、から、ちがっ、やぁっ!」

 そう言って望美が好きな場所を探るように指を折り曲げたり、一点を押したりしていれば、蜜はとめどなくあふれてくる。望美を後ろから抱き込んで、自分が胡坐をかくそこに座らせた状態で、首筋を舐めたり、強く吸ってみたりしながら望美のそこを、景時はずいぶん長いこと可愛がっていた。
 理由は「久しぶりだからゆっくりね」などと適当に言っているが、望美が音を上げて、自分から乱れてくれるのを待っているだけだった。

「やっ、いじわる」
「意地悪っていうのはこういうこと?」
「ひゃんっ、あ、あっ、だめ、だめ」

 急に指の動きを速めてかき回せば、それに耐えかねたように望美の腰が揺れる。望美が感じる場所を良く知っている景時がそこを狙ったように強く刺激すれば、望美の爪先がぴんと伸びる。

「やっ、ああ!」
「イっちゃったね?」

 肩で息をする望美に意地悪くそう言って、景時は弛緩するようにだらんとしている望美を抱き上げて自分の方を向かせた。
 そうしたら、もう理性の溶けたような望美はそのまましなだれかかるように景時に抱き着いて、それから首筋に顔をうずめた。柔らかな唇がそこで小さく動く。

「もう、景時さんの好きにして」
「御意、なんてね」





 ぱちゅんと腰がぶつかって、それから中がかき混ぜられる水音が混ざるそれに、望美は理性なんてもう残っていなかった。


「あっ、だめ、だめぇ」
「なに、がっ」

 正面に景時がいて、抱えられて繋がるそれは、横になっているときよりも相手が近くて、互いにいつもと違うその光景に気分が昂る。
 望美の腰を強引につかんで上下させれば、いつも以上にそこは深くつながった。

「おく、奥に、当たるからぁ」
「望美ちゃん、奥好きでしょ?」

 ね?と言えば、望美はしなやかな足を景時の腰に絡めた。その姿が淫靡で、景時の欲はさらに高まった。

「好き、好きだからぁ」
「ははっ、今日はずいぶん素直だね」
「あんっ、景時さん、好き、好きぃ」

 ぎゅうぎゅうと離すまいとでも言うように抱き着く望美の体に、景時のそこもさらに熱を持つ。奥までしっかりとそれを咥えこまれて、そうして望美はさらに密着する。

「あったかい。あっ、やっ」
「望美ちゃん、ほんと、もう」
「好き、だから、出して」
「っ…この奥方様は、ほんとに」

 殺し文句とさらに抱き着く望美に、景時はその欲情を彼女の中に放った。

「中、で、あっ、気持ちい、あっ」
「望美ちゃんの、淫乱」

 意地悪、というよりは、あまりに深く求める奥方があまりにも可愛らしくて、夜通し抱き込む言い訳のように言ったそれに、彼女は気づいていただろうか。





「あれ?朝だ」
「おはよう。はい、お水」
「かげとき、さん?」

 綺麗に整えられた寝具、夜着。それから清められた肌。夫に差し出された水を飲みたいと思うほどに引きつれたような喉。

「っー!」
「積極的で淫乱なお姫様は大好きだよ」

 昨夜と違って今度こそ意地悪くそう言えば、望美は顔を真っ赤にしてぼすっと布団に顔をうずめた。昨夜の自分のあれやこれやが思い出される。言ったこともそうだし、抱き着いて、それから、と思い出したところで望美はもう羞恥で限界だった。

「景時さんのばか」
「ごめん、だってあんまり可愛いから」
「ずっと待ってたんですよ」
「だからだよね、分かってるよ」


 だから機嫌直して?と微笑む夫には、きっとずっと敵わないと思いながら、望美はそろそろと起き上がってその赤い顔を見られないように、それでも水を受け取った。

「おかえりなさい、景時さん」
「うん、ただいま」

 改めて言われた言葉に、景時は笑って答えた。
 春の邸にはまたいつもの二人の朝が戻ってくる。




2020/04/19