手習い上手


 望美は京の梶原邸の自室で、文机に向かって何度もうなっていた。気付いた女房が声を掛けても聞こえていないほどだ。

「奥方様…奥方様?」
「……」
「夕餉の支度が調いまして、若様もお待ちです」
「えっ!?あ、はい!景時さん待たせちゃだめだよね!」

 何度も声を掛けていた女房の声にやっと気が付いて、望美は文机からバッと顔を上げる。そうしてから筆を慌てて戻した。

「ようございました。なにかお困りかと」
「いえ、大丈夫です。今行きますね」





「望美、今日は一日部屋にいたようだけれど大丈夫?」

 夕餉の席に着くなり朔に声を掛けられて望美は朔に相談しようかと思い、口を開こうとした。その時だった。

「あれ〜?望美ちゃん、ほっぺたに墨ついてるよ?書き物?可愛い顔なんだから気を付けなきゃ」

 望美の隣にやってきた景時が、親指を軽く舐めてぐいぐいと墨をぬぐう。それに望美は真っ赤になってしまった。

「大丈夫ですから、景時さん!」
「いやいや、遠慮しないでよ」
「それより夕餉をいただきましょうよ」

 真っ赤になっている望美に、何かを察したのか朔が言うと、確かにこれ以上ここで戯れるのも良くないかと景時は当主の席へ戻る。それにまだ赤い顔のままの望美は朔に感謝を伝えるために目配せする。そして、この後必ず朔の居る対に行こうと心に決めた。だって、その書き物の中身は……



「恋文?」

 夕餉の後に、朔の対に行って望美は事の経緯を話した。

「そうなの。私、まだ字が上手くなくて…でもこの間ヒノエくんからすごく綺麗な料紙をもらって…景時さんに書いているんだけど、まだその料紙に書く自信なくて練習してるところなの」

 その望美の告白に、朔は盛大な溜息をついた。呆れた、という訳ではない。

「望美も兄上も結婚しているのに、恋文だなんて」

 婚姻からずいぶん経つのにまだ初々しいこの夫妻には本当にもうお腹いっぱいだ。

「だって!景時さんはいつも恋歌をくれるの。私も読めるようになったからすごくうれしいけど、私って和歌なんて作れないし、だから、手紙にしようかなって思うんだけど、筆で字を書くのがまだまだ駄目で…」

 その言葉に兄も兄だと朔は思う。結婚しているのに恋歌なんて、貴族じゃあるまいし、と思ったが、一方で望美を溺愛している兄の気持ちも分からないでもない。

「だからね!景時さんに恋文を綺麗な字で書けるように朔に上手い書き方教えてほしいの!」

 そう望美が朔の手を握り締めて言った時だった。

「そーいうことかあ」

 間の抜けた声が朔の部屋に響く。

「か、景時さん!?」
「兄上、盗み聞きですか?行儀の悪い」

 望美の心底びっくりした声と、冷たい朔の声に、声の主の景時は、濡れた髪を布でわしわしと拭きながら言った。

「盗み聞きとは心外だよ。望美ちゃんと朔が二人で話してるって言うから、先に風呂もらっちゃったんで入りなよって言いに来たら聞こえちゃっただけなんだけど?」

 そう言って、景時はいつもからは考えられないような妖艶な顔で笑った。髪が濡れていて、湯の香りをまとっているから、余計そう見えるのかもしれなかった。

「朔、お風呂」
「兄上、ですから!」

 朔の望美を守ろうとするそれなど意に介さず、景時は望美を姫抱きにしてしまう。

「景時さんっ!」
「望美ちゃんは今からオレと書の練習だから、ね?」





「オレに恋文書くために字の練習なんて嬉しいな〜。ちょっと調子に乗っちゃうよ?」
「景時さん、じゃあ字の練習させてください!」

 姫抱きのまま景時と望美の寝所に連れ込まれ、褥に横たわらせられた望美を覗き込んで景時が言えば、望美は最後の抵抗としてそう言ってみる。だが時すでに遅しだろう。

「じゃあ、恋文の内容を今言ってくれたらいいのに」
「だから、いつも景時さんばっかりかっこいい和歌くれるから、私もって思ってたのに!」

 跳ね起きようとした望美の肩を押して、景時は望美を再び横たわらせる。

「じゃ、字のお手本書いてあげる」

 妖しく笑った夫に、望美はいつも逆らえない。





 新品の筆を景時が舐める。望美の着物は疾うに取り払われていた。

「か、景時さん」

 彼の行動にだいたいのことを察した望美はか細い声を上げる。しかし、その声色には艶めいたものが含まれていて、これから先に起こることを期待しているようだ。その淫らな声に満足したように、景時は不意にその濡れた穂先で望美の胸をなぞる。

「ひゃんっ」
「どうしたの?今の文字分かった?」

 結婚してからというもの、散々景時に快楽を教え込まれた望美は、その穂先の冷たさと筆のこそばゆい感覚をとらえて、甘い嬌声を上げる。それを分かっていながら素知らぬ顔で景時はぐるぐると望美の胸や、その頂を執拗に筆でなぞる。

「やっ、だめぇ」
「だめ、じゃないでしょ?文字の書き方の練習練習。体で覚えた方がいいって」
「それ、意味違う、からぁ!」

 身をよじって快感に耐える望美に構わず、景時は片方の乳房を筆でなぞる。そのくすぐったい快感に耐えようとしていたら、もう片方を突然景時が口に含んで甘噛みするから望美にはもう耐えきれない。

「やぁっん…景時、さん、あっ、やだ、胸だけ、胸ばっかり…あっ、やああ!」

 景時に開発された敏感な体は胸からだけでも十分な快楽を拾ってしまい、望美は太ももを擦り合わせる。それは差し迫った快楽を耐えるようにも、自ら快感を求めて乱れているようにも見える淫靡な姿で、景時は知らず口の端を舐めていた。妻である望美の乱れる姿は自分だけのものだという思いがひどく独占欲や優越感を満たす。

「ねえ、望美ちゃん?胸だけでイッちゃった?字の練習してただけなのに、淫乱だね」

 耳元で囁けば望美は真っ赤になる。

「意地悪、いじわる…!」

 そう言った望美に構わず、景時は彼女が擦り合わせている太ももを広げてしまう。

「やっ、あ、だめぇ…!」
「駄目じゃないでしょ?もうぐしょぐしょ。ほんとに望美ちゃんはかわいいなあ」

 字の練習なんてもう御破算だ。筆を床のずいぶん遠くに置いてしまって、景時はその濡れそぼった秘所に、指を突き入れる。

「あっ、だめ、イッたばっかりだからぁ」

 望美の言葉に反して、連続で快楽を受け容れようとする秘所は景時の指に絡みつく。二本、三本と増やしてぐにぐにと望美が感じる場所を執拗に責め立てれば、望美はもう耐えられない。

「また、きちゃう、やぁ…!」
「嫌なの?」

 絶頂を迎えそうな望美の言葉に意地悪く返せば、それに返ってきたのは愛くるしい言葉だった。

「景時さんも、一緒じゃなきゃ、やだ」

 その言葉に景時は思わず指の動きを止めて、それからそれを一気に引き抜いた。

「もー!ほんとに望美ちゃん大好き!」
「あっ、や、おっきい…あああ!」

 そうして最愛の奥方の可愛らしいお願いに、自身を一気に突き入れれば、望美はそれだけで達してしまったようだ。望美の痴態にさらされていた景時も、彼女の絶頂の締め付けに、精を吐き出した。





「景時さんのばかばかばかー!」
「ごめんって」
「私ほんとにちゃんと字が書けるように練習してたんですよ!それなのにあんなことして!」

 一夜明けて望美はぽかすかと景時の胸板を叩いていた。景時に抱き締められているから胸板を叩くくらいしかできないのだが。

「書ならオレがいくらでも教えてあげるよ?」
「それじゃあ恋文にならないでしょ!もう、先生か九郎さんに習います」
「堂々の浮気宣言かな?」

 そう言ってついばむような口づけを望美の額に何度も落とされると、望美はなんだか許してしまいそうになる自分に半ば呆れていた。

「惚れた弱みってやつですね」

 そう言って今度はお返しのように望美から景時の頬に口づける。

「これから、お仕事お休みの時に書とあとお香の作り方教えてください。お香の作り方は朔も一緒ね」
「書の練習は二人きりかな?」
「昨日みたいのは無しですからね」
「分かってるよ〜」

 そう言って、景時は望美を抱き締める。
 しかし一つ彼にも思うところがあった。
 書や和歌を教えるのはやぶさかではない。だが、今までの恋歌は意味を問われても何となくそんな意味、で教えてきた。直球の愛の歌の意味を望美が分かるようになってしまったら、何か恥ずかしいな、なんて少し思ってしまう。
 だがそれもすぐに掻き消えた。
 いつまで新婚どころか恋人のつもりなのかと古なじみの同僚二人に言われているのを思い出し、少し恥ずかしいと思ったが、それよりも何よりも、自分の愛を、そして望美からの愛を和歌や文にしたため、受け取れるなら、手習いも手ほどきも毎日が楽しそうだ。

「ねえ望美ちゃん、愛してるよ」

 囁いて耳に口づければ、望美もこそばゆそうに笑った。

「大好きで、愛してますよ、景時さん」

 二人の新婚生活どころか恋人生活は当分続きそうだ。




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2017/11/21