「よく似合っているわ」
「朔の方が似合ってるよ〜!」
「尼僧が着るものではないのだけれど…」

 そう言いながら、望美の襟元を撫でた朔はふと頬を緩めた。


人日


 ことは師走の中頃に起こった。

「望美ちゃん、朔、お願い!」

 火鉢にあたって繕い物をしていた二人のいる部屋に、要件を言わずに「お願い」と言って入ってきた、望美の夫であり朔の兄である景時に、朔はまた面倒なことを言ってくるのだろうと察知した。対する望美は相変わらず景時がやってくると目を輝かせて手を止める。そんな姉を可愛らしいと思いながら、しかし朔は緩みかけた顔をキッと戻す。

「どうせ面倒事でしょう。望美、兄上の言うことを聞いてはだめよ」
「ちょっと、まだ何も言ってない!」
「そこが怪しいと言っているのです!」
「まあまあ、朔、景時さんからのお願い、聞いてあげようよ」

 内容も分かっていないのに、ぱあっと笑って言った望美に、朔は毒気を抜かれたようにほっと針を戻す。望美のそれも片付けるように言って、やっと兄を火鉢のそばに招き入れた。

「それで?」
「えーっとね、悪い話じゃないんだよ?」

 前置きをしてから言うあたり、今までの無茶ぶりを自分でも分かっているのだろう。そうしてそれから、景時は持参した書状を二人に差し出した。

「まあ!院からのお召し出しではありませんか!?」
「えっ!後白河院から?」

 そうなんだよ〜と力無さげに景時は言って、二人を見る。

「オレ、年の瀬と正月は鎌倉に行かないと頼朝様と京との調整がって言ったらさ、『では人日に、九郎とそなたは姫神子二人を伴い参内せよ』って」

 参内とは想像以上に大きな話に、二人は目を見開く。後白河院と個人的に、内裏ではないところで会ったことはあったが、内裏に参内など、貴族のすることだ。それに…

「私は尼になった身、望美はともかく、私は内裏には…」

 うつむいてその先を言いよどんだ朔の肩を、望美が抱き着くように支える。

「景時さん、朔が行かないなら私も行きませんからね」
「それ、それなんだけどさ!ほら、荼吉尼天を討った後にちゃんと黒龍はさ」

 そう、景時の言う通りなのだ。すったもんだの末に、将臣によってもたらされた黒龍の逆鱗、黒龍の消滅、しかして黒龍は再臨し、幼い姿ながらその主を再び朔と定めた。今は白龍と神泉苑にいる。ちなみに、幼いながらも朔と健全な交際中である。

「黒龍のこともあるし、還俗したらいいってオレも望美ちゃんも言ってるでしょ?」
「そうだよ〜!」

 景時のお願いという話の本筋からずれつつあるが、黒龍を失い痛ましかった朔の姿を思い出し、望美は肩を抱く手により力を籠める。

「ごめんなさい、望美にまで心配させてしまって…そう、ね。還俗はしないけれど、黒龍がいるのだから、望美が参内するなら私も行くわ。兄上も行くのでしょう」

 そう言ったら景時はほっと息をつく。

「あれ、これ行くことに決まっちゃった?」

 自分の言葉で朔が決意したために入ったことのない内裏に行くことになった望美はぽかんと口を開けた。





「唐衣裳?袿ではなく?」

 驚いた声を出したのは朔だ。二人が了承したのを幸いと一旦部屋を引き上げて、二人分の唐櫃を持ってきたその中身を見てのことだった。

「いやあ、人日だから華やかな神子をって言われて」

 はははと乾いた笑いを落とした景時を一瞥して、きょとんとしたふうの望美を朔は振り返る。

「どうしたの?すごくきれいだけど…あ、でもなんか着物の数多くない?」
「多いも何も五衣唐衣裳ですもの。そうね、望美があちらで本を読んだことがあるなら十二単、と呼ばれているかも。普段着ている着物の二十倍くらい重たいわよ」
「え…?」

 朔の言葉にはさすがの望美も絶句する。五衣唐衣裳、望美が知る言葉ならば十二単になろうそれに朔は大きく息をつく。

「ま、まあ!一日だけのことだし!しかもこれ、院から二人にくれちゃうんだって!」
「望外の賜りものではありますが、本当に、殿方は考えることが分かりません」
「ね、ねえ、朔?私これちゃんと着られるかな?」
「大丈夫よ、女房方に任せておけば着せてくれるから」
「やっぱり、一人で着るものじゃないんだね…着せてもらうものなんだね…。歩けるかな…」

 にわかに不安になってきた様子の妻と妹に、景時はなんとか二人を元気づけようと言う。

「でもさ〜!襲の色目も二人にピッタリなんだよ?望美ちゃんには「白龍の神子の稀なる美しい髪に」合わせて紅梅匂」

 その言葉に、望美は顔を赤らめる。美しい髪なんてどうだっていい、紅梅の匂いといえば景時の好きな香だ。それだけでうれしく、気恥ずかしい。

「朔には「黒龍の神子の耐え忍んだ尼姿に」合わせて菫」

 それに朔は「まあ」、と小さく声を上げる。院に会ったのは数えるほどだが、自分の尼僧姿の時の着物の色を思い起こさせる襲の色目だ。

「ね、朔?私なんだか楽しみになってきちゃったよ」
「姉上がそうおっしゃるのでしたら」
「もう、からかわないで!」

 唐櫃に収まる何枚もの着物を前に、やっと笑顔になった二人に胸をなでおろし、景時は言った。

「じゃあ、年明けの七日はそれを着て参内だからね?」





「つーかーれーたー」
「同感だけれど、はだけるわ、望美」
「だってこれ重たいんだもん!家に帰ってきたのになんで脱いじゃだめなの」

 普段の二十倍、望美の現代で言えば二十キログラムの着物を引きずるように、何とか内裏の人日の節会から帰還した二人は、なぜか景時の申しつけでその十二単のまま、望美の対で火鉢に当たっていた。

「でも、朔やっぱり似合ってる。その落ち着いた感じがステキ」
「それは望美もそうよ。はつらつとしたあなたにぴったり」

 たがいに褒め合った姉妹がくすくす笑って、また、節会で神子二人へと贈られた檜扇を眺めて楽しんでいると、景時が駆け込んできた。

「ただいま!待たせてごめん、神泉苑に寄って来たんだ」

 そう言った景時の後ろから、パッと小さな影が飛び出して、朔に飛びついた。

「神子、とても似合っている。昔のあなた、いや、その時よりもずっと美しい」
「黒龍!」

 小さいながら弩級の殺し文句を言う彼に、朔が真っ赤になると、景時は笑った。

「黒龍にも見せたくてね。こんな機会なかなかないでしょ」

 その言葉に朔はこくこくとうなずいて、小さな黒龍の手を引く。

「ありがとうございます、兄上。さあ、黒龍、私の対に行きましょう?今日は珍しい菓子も賜ったから二人で食べるのよ」

 そう言って手をつなぎ、二人は朔の対へと向かう。そうしたら、望美の部屋に残るのは望美と景時の二人だ。

「景時さんはやっぱり優しいなあ」

 そう言った望美に、景時は照れたように笑う。

「それも、そうなんだけどさ。オレも望美ちゃんのこと、まだちゃんと見てなかったから」

 そうだ、参内したのは二人だけではなく景時もで、着替えやら何やらで、内裏では会っていない。行き返りの牛車も別だったから、その単衣を着た望美をしっかりと見るのはこれが初めてだったのだ。

「えっと…じゃあ、その…似合い、ます?」

 さきほどまで重たいと言って崩していた足を正座に戻し、おずおずと恥ずかし気に尋ねた望美を、景時は今すぐ抱きしめたい衝動にかられたが、着物が崩れてしまうとぐっとこらえる。

「うん、すっごく似合ってる。選んでよかった」
「え?院が選んだんじゃ?」

 景時から出てきた言葉に驚いたように顔をあげれば、景時は優しく微笑む。

「朔のはね。望美ちゃんのは紅梅匂の襲にしてくれってオレが頼んだんだ。オレが好きな香と同じ名前だし、似合うと思って」

 そう言ったら、望美は着物が重いことも崩れてしまうことも忘れたように、景時に飛びついた。

「うわっと。望美ちゃん?」
「えへへ、景時さん、大好き」

 そう言って抱き着いてすり寄る彼女の着物からする香りはまさに梅香だったから、景時も恥ずかしくなって訊ねる。

「もしかして、焚き染めた香って」
「梅香に決まってるじゃないですか。ずっと景時さんが隣にいるみたい」

 そう言われてうれしくないはずがない。そうしてこの状況、据え膳食わぬは何とやらというやつである。

「ひゃっ」

 さすがは武人と言うべきか、相当重たいはずの望美を抱き上げて、景時は彼女を褥に運んでしまう。

「ちょっ、ちょっと景時さん?」
「んー?だって、今年はいろいろ調整が忙しくて姫はじめ、してないじゃない」
「だけど、ま、まだお昼だし?」
「こーんなに可愛い姫君を前に夫にお預けさせる気?」

 耳元で囁けば、着物の重たさからか、それとも他の要因か、望美はへなへなと褥に崩れた。

「じゃ、姫はじめと行きますか」





「んんっ」

 一枚ずつ単衣を外していくその過程で、まるで手元が狂ったのを装うように、はだけた肌に触れる景時の手つきは、明らかに情欲を誘うものだった。しかし当の本人は素知らぬ素振りである。

「どうしたの?顔真っ赤だよ?」
「景時さん、がぁ」

 着物を一枚ずつ脱がされている、というだけでも恥ずかしいのに、その作業が今日はいつもよりもずっと長く、しかも焦らすように続くのだ。

「脱がされて、感じちゃった?」
「きゃうっ」

 片膝を立てて単衣を剥いでいた景時のその膝が、望美の太ももあたりを軽く押す。一番敏感な秘められた場所にその振動が伝わって、望美があえかな声を上げると、満足そうに景時は笑った。
 そのころには、何枚も重なっていた単衣は、袿も取り払われ、長袴と小袖だけになっていた。望美にすれば、下着姿のようなものである。

「はずかし、い」

 たどたどしく言えば、小袖の合わせ目から景時の手がするすると入り込んできて、乳房を撫でる。

「ひゃんっ」
「なんで?裸の時より興奮してる?」

 帰ってきてから着替えたのだろう、いつも通りの私服の景時も、服は脱いでいないが、下着姿を眺められて触れられているようで、望美にはひどく恥ずかしかった。そのうえ、長袴だけはしっかりとしているけれど、この時代の慣習でその中には何もつけていないから余計だ。

「ね?裸とどっちが好き?」
「あっ、やあ、そんなっ」

 そんな望美にお構いなく、景時はその柔らかな胸をもてあそぶ。たまに先端を摘まんで刺激を与えれば、びくびくと震えながら望美が甘い声を上げる。

「やっ、こんな、いつもと、違って」
「違って?」
「恥ずかしい、ひゃんっ!?」

 恥ずかしいことを告げようとしたその時に、景時は力の抜けていた望美の脚を開かせ、ぐりと膝をその一番敏感なところに当てた。

「あっ、だめえ、あっ、そこ、あぁ」
「袴、見てごらんよ」

 ぐりぐりとその秘部に膝を押し付けながら景時は、意地悪く耳元でささやく。それに熱に浮かされたように望美はゆっくりと長袴に目を落とす。

「やぁっ、だめぇ、よごれ、ちゃう」
「もうびしょびしょだよ?気づいてなかった?」
「あ、あ、着物、汚れちゃ、ひゃあ!」

 中に何もつけていないがゆえに、景時との結婚生活で快楽を仕込まれた望美の袴は、愛液でぐっしょりと濡れていた。それに望美が気づいていないのをいいことに、景時は着物を脱がせ、胸を愛撫しながら、少しずつ刺激を与えていたのだった。

「望美ちゃんが淫乱だから汚れちゃったね?」
「ちが、景時さんがぁ」

 泣きそうな声で言った望美に、意地悪が過ぎたかと景時は袴のひもに手を伸ばす。

「ごめんごめん、今楽にしてあげるから」

 それを引けば、はらりと袴も取り去られ、その蜜を流す秘所がさらされる。

「やぁ、はずか、しい」
「寒くない?」

 望美の言ったことと関係のないことを言ったのに、熱に浮かされた彼女はこくこくとうなずくしかない。それ幸いと、景時は長い指をそこに入れた。

「あっ、あ」 「やっぱりいつもより興奮してた?すごい、絡みついてくる」

 ぐにぐにと望美の感じる場所を押せば、望美は顔を覆って快楽をのけようとする。

「も、だめぇ!」

 だけれど、いつもと違うその感覚に、望美は切ない声を上げて、背中をのけぞらせた。

「うん、一回イッた方が楽だよ」

 そう言って、指の動きを速めれば、望美はがくがくと震えて達した。そうしてと景時に寄りかかり、息をつく。

「今日の、景時さん、いじわる」
「でも気持ちかったでしょ?」

 その言葉にぷいとそっぽを向いた望美に、景時は笑って言った。

「えー?じゃあもっと気持ちいいことしようか?」

「へ、あ、そんな、きゃうっ」

 寄りかかる望美を抱きかかえるようにして、景時はもう十分硬くなっていたそれで彼女を貫いた。

「やっ、あっ、だめ、まだ、いったばっかりだからぁ」
「ごめんね?あんまり可愛いから」
「あっ、やっ、また、きちゃうっ」
「何回でもイっていいからね」

 そう言って景時はそのまま下から望美を突き上げる。望美が身に着けているのは小袖だけ、周りには脱がせた単衣、そうして濡れそぼった袴、扇情的なその状況に、景時の動きも自然、激しくなる。

「そこ、だめぇ!」
「望美ちゃんのだめは、いいってことだから、ね」

 だんだん景時にも余裕がなくなってきたが、動きを緩めず突き上げては知り尽くした望美の弱い部分を責めていると、望美が抱き着いて言う。

「いっしょ、いっしょがいいよぉ」
「っ、あんまり、煽んないで」

 望美の殺し文句に、景時も限界を迎える。

「じゃあ、一緒にいこっか」
「あ、や、あああ!」
「くっ」

 望美の高い声と共に、景時も彼女に精を注ぎ込んだ。





「高い着物なのに」
「大丈夫だって、袴しか汚してないんだから」
「せっかくきれいなとこ見せるつもりだったのに、景時さんが」
「綺麗な姿はちゃんと見たし、乱れる望美ちゃんも相変わらず綺麗だったよ?」

 柳に風の景時に、ぷいっと顔を背ければ、景時はその頬をなでる。

「機嫌直して?」
「…今度、一緒に買い物」
「うん?」
「この襲の色の、匂い袋が欲しいの」

 可愛いおねだりに、背けた顔を覗き込めば、彼女は真っ赤になっていた。それがいとおしくて、景時はやさしくその唇に口づけた。

「仰せのままに」

 京の梶原邸に、また新たな季節が巡ってきた。




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今年も景望で姫はじめ!

2019/01/07