舌識


「おかえり、手洗いうがいよろしゅう」

 もう夕飯はできてるさかい、と告げて、玄関まで出迎えに出てくれた妻はとてとてとスリッパを鳴らしながら台所へと戻っていく。身重なのだから、出迎えもいらない、なんなら家事だってとおかんたちも言ったが、出来るうちはやるとそう言って蝮は今日も夕飯を作っていてくれた。

「風邪とか絶対うつせへんし」

 手洗いうがいなんて疎かにしがちだったが、蝮がいるとそんなふうにおざなりにする気にはなれない。彼女自身のことも、彼女が宿す子供のことも、傷つけないために。

 着替えて食卓に着くと、そこにはちょうど夕飯が並べられていた。肉じゃが、あえ物、おひたしに味噌汁、それから白米というなんとも和風な組み合わせだ。和風、というか。

「あんな、おばさま…お母さんに聞いてみたんよ、味付けとか」

 和風、というか、どれもこれもおかんが良く作るやつやん、と思っていた俺に、おずおずと蝮は言った。いまだに、おばさまと呼んでしまうところも初々しくて可愛い。

「でもなんかおんなし味にならんくて、あての好みとか混じってまうのかなって」

 その一言に俺はひどく幸せな気持ちになった。

「蝮の味、やな」

 その一言に頬を赤らめた妻に、俺は微笑む。彼女の作る食事の味が、俺や家族にとって馴染み深い味になっていくのが嬉しかった。

「いただきます」

 そう言って口に運んだそれは、どこか甘く、幸せな味を舌にもたらした。


舌識 味覚