耳識


「今何時だと思ってるんですか」
「え、2時」
「夜のね!」

 私はその小さな通話用の機械に向かって叫んでいた。誰だ、携帯電話なんて便利なものを創ったのは。そうして私の番号をこの男に漏らしたのは誰だ。

「メールにしてよ」
「メールやと無視するやん」

 この今吉という男からの電話に、だけれど律儀に出てしまった私は何なのだろう。

「無視というか、後日、必要が、あれば、折り返しメールします」
「一言一言区切らんといてよ!あとあれや」

 電子化された彼の声を聞くのはこれで何度目だろう。電子化されていない彼の声を聞いた方が回数は多いはずなのに、こうして聞く声とその声の差が明瞭になってくれない。この男の声はいつも胡散臭い。

「メールやのうて電話やと、声聞けるやん」

 今まさに私が考えていたことの一端のようなことをさらりと言った機械の向こう側の男に、私は一瞬固まった。
 それから、何も言わずにその小さな機械に耳をあてる。
 聞こえる音が彼の呼吸音なのか、それとも機械のノイズなのか、残念ながら私には分かりようもなかった。


耳識 聴覚