アダーラ


 完璧なんて、知らない。





「あとはこれを逆さまにして」
「おおー、なんかそれっぽい」
「杏さんはちょっと大雑把すぎます」
「冷めるまでお茶にしよう」

 焼き上がったシフォンケーキを逆さまにして冷ますところまでやり切った朋香と杏のはダイニングキッチンの椅子に座った。手の届く範囲にポットとカップがあっててきぱきと紅茶を淹れるのはいつも杏だった。
 こうやって、バレンタインの前に集まり始めたのはまだ中学生の頃からだったと思うと少し感慨深いものがある。昔は桜乃が一緒だった。
 だけれど長く続いたそれもいつしか止まっていた。朋香と杏が二人集まるのもずいぶん久しぶりだった。久しぶりなのに、朋香が杏を指導しながらケーキを焼くのも、杏が朋香と自分の分の紅茶を淹れるのも、自然に出来たことがこそばゆい。

「桜乃ちゃんはまだ海外だもんね」
「そうですねえ。リョーマ様は現役ですから」
「この間、幸村さん思う様越前君のプレーにいろいろ言ってる感じがしたわ」
「解説の仕事楽しいみたいですよ」
「あー日本かなりいい時代だなって蓮二さんが言ってた。あの幸村精市にスポーツ解説させる時代かって」
「言いますねえ……日本久しぶりだなあって思うんですよ」

 ぽつんと言って朋香は紅茶を一口飲んだ。現役選手として走ってきた幸村と世界中どこだって行った気がした。彼がラケットを置く時はきっと隣を歩こうと思ってきた。それが現実になったことに、まだどこか実感がない。

「幸村さんね、余生とか言うんですよ。あの歳で!余生をゆっくり過ごせるとか言うんです」
「ああー!ヤバい朋香ちゃんと幸村さんだとそれアリ!その表現アリ!」
「なんかすごく名誉を棄損された気分」

 楽しそうに杏は笑いながら言った。それにどこか不満そうに、それでも幸せそうに朋香は笑った。

「そういう杏さんはどうなんですか」
「んー?うちは共働きだからね」
「リアルな日本家族ですね」
「そういう言い方しないでよ」

 それにやっぱり杏は笑った。何年経っても変わりはしない。

「たまに蓮二さんとテニスするの。元気でいいでしょ」
「おばあちゃんじゃないんだから」





 二人の笑い声が重なって、その家の主とその友人はふとリビングからキッチンに続く扉の前で立ち止まった。

「どうした、精市」
「なんか女子会やってるっぽい」
「は?」
「蓮二の奥さんと、うちの奥さん」

 頼まれた買い物の詰まったエコバッグがかさっと揺れた。




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アダーラは乙女たち。20年後くらいですかねー
2016/01/27