アケルナル


 滔々と時は流れ、滔々と時は永らえた。





「あんたさんはようモテはるなあ」
「付き合いや、付き合い」

 そう言って柔造は包みのうち半分くらいを蝮の方に差し出した。

「お前の分もけっこう預かってんのや」
「ああ、気ぃ遣わんでええって言ってたつもりなんやけど」

 素直に受け取った妻に柔造は一瞬奥歯を噛んだ。蝮はモテる。残念ながらモテる。自分という夫が出来たにもかかわらず、いやむしろその事実を利用して「奥さんにも」と渡されたチョコレートの数々に歯噛みせずにはいられなかった。

「あんたのついでやさかいね」

 そうして全く自覚のない自分の妻の無自覚さも可愛いと思ったが危機感のなさとも取れるのだ。





 不浄王の一件から半年近くが経っていた。それはとどのつまりは柔造と蝮が結婚してから半年ということだったが、二人にとってはもう何年越しの関係である。結婚して改めて分かることなんていう真新しいこともない。
 ある意味で元鞘だった。流れはどんどん違う方角に行ってしまって、訣別は遠い日のことだった。そうだというのに、結局流れ着く先は同じ海だったような、不思議な感覚が蝮の中にはあった。

「定めやなと思うたね」
「ほうか」

 湯呑に茶を注ぎながら蝮は静かに言った。茶請けには、彼がもらってきたどのチョコレートも採用されず、彼女が日中作ったガトーショコラが収まっていた。

「あんたに負ぶわれて、山を下りた時、定めやと思うた」
「あんまし穏やかじゃないなあ」
「そうやな。結局、帰る先はここかと思うた」

 笑って言われて、柔造はふと蝮を見据えた。

「いやか」
「ちっとも」

 答えがすぐ返ってきたことが少し驚きだった。
 ああ、どうして今日まで聞かなかったのだろうと思った。
 ああ、違うのだ。日常の延長線上で、だけれど少しばかり特別な日にしか、きっと彼女はこれを言ってはくれないのだろうと思えた。
 何かの切っ掛けがなければ元の鞘に収まれない自分たちは、だけれど多分、こうして過ごす日々を待っていた。

「運命なんて綺麗なものやないの」
「ほうやなあ」

 茶を一口含んで、ケーキを食べて、その言葉の意味を柔造は噛み締める。運命、なんて奇麗に収まりはしない。定めだ。誰が決めたのかなんて知らない。いや、違う。自分と彼女が決めたのだと思う。

「いつか私らは、互いが互いに帰ることを決めとった気がするの」
「ああ」

 静かに言った幼馴染に、柔造もうなずいた。
 どんなに離れてしまっても、どんなに遠くに行ってしまっても、多分、最後は互いが互いのもとに帰るように、いつか二人は定めてしまっていた。
 まるで縛り合うようで、まるで向かい合うように。

「あんたのことが好きなんやろなあ」

 唄うように、蝮が言ったその言葉に柔造は笑った。

 川の果ては、どうしてかいつも同じ場所に辿り着く。




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アケルナルは河の果て。少し分かりにくい話になりました。
2016/01/27