リゲル
慣れた手つきでするすると風間は湿布の上から宇佐美の足に包帯を巻いた。
「全く笑えんぞ」
「すみません」
半分くらい涙声なのは、痛みからか安堵からか。
「風間さんいなかったらどうしようかと」
「大げさなことを言うな」
そう言いながらも風間は自分がいなければ医務室まで足を引き摺って行ったのだろうかという懸念が頭を過って、顔をしかめた。
*
間の良い人間と間の悪い人間がいるとして、宇佐美栞はどう考えても前者だった。しかもそれはしっかりと段取りを付けた間の良さだ。つまるところ、何の段取りも策もなければ案外間の悪い人間である、とこのボーダー本部で宇佐美のことを一番に知っていると思われる風間蒼也は少なくとも思っている。
「思い付きで動くな」
「思い付きじゃないもん!」
久々に来たボーダー本部の人気のない倉庫整理はしかし完全に思い付きだろう。倉庫と言ったって重要なものは入っていない。本当にガラクタを詰め込んだそこを片付けることは急務でも何でもなくて、それは結局のところ待ち人来たらずで手持無沙汰な宇佐美の気紛れだった。―――仮にそこで、乱雑に積まれた段ボールに引っかかって足を捻挫しようとも、それが思い付きであることは覆りはしない。
間の良い人間と間の悪い人間がいるとして、風間蒼也はどう考えても後者だという自覚が彼自身の中にはあった。周りは否定するかもしれないが、自分はそうそう間の良い行動を取ったり丁度いいないし中庸の選択をできる人間ではない、と。間が悪いのである。例えば今日も、かつての部下で今の彼女である宇佐美栞がボーダー本部までくると前々から連絡を受けていたにもかかわらず、大学で教授に資料を片付けるよう指名されるなどという間の悪さである。防衛任務がない時は極力周りに迷惑をかけないようにそういったことは断らずにやってきたが、何も今日である必要はないだろうと思いながらもしかし、彼はやらずにいられない男だった。
そこにあったのは甘えかもしれない。もし、宇佐美を待たせてしまっても彼女は隊のミーティングルームにでも入り込んでブーブー文句を付けるくらいだろうという、甘え。だから風間は「来てませんよ」と帰り際の歌川に言われた瞬間に走り出していた。
宇佐美が来ていないという可能性は捨てていた。もっと言えば、自分以外のところの用事をこなすとも思っていなかった。自然と探す場所は人気のない所になり、5分ほどで発見したのが現在使用されていない倉庫になっている部屋でうずくまる宇佐美だった。
「おい!」
「かざまさん」
涙声の宇佐美に風間は眉間に手を当てた。何が起こったのかはだいたい予想が付いた。それからとりあえず宇佐美に背を向ける。
「負ぶされ」
「ん」
彼の痩躯からは想像もつかないが、膂力はある方である。宇佐美もそれは知っていて、その背中に体重を預ければすいと視界が上がる。
「折れてないだろうな」
「折れてたらもっと痛いと思います。捻挫っぽい」
庇っていたのが足なのは分かったから一応聞く。折れていたらさすがにもうちょっと助けを呼んだりするだろうと思ったのだが、それ以前の問題としてスマホで助けを呼ぶという初歩的な動作をしていないから思わず聞いてしまったのだ。
そうして二人が年少組の帰った風間隊のミーティングルームに辿り着いたところで話は冒頭に戻るのである。
*
「悪かった」
「大丈夫ですよ。むしろアタシこそごめんなさい」
「いや、今日はどう考えても俺が悪いだろう」
「そうかな?」
彼女の足が本当に折れていないことを確認して、湿布を貼って包帯で軽く固定したところで風間は自分の間の悪さを心の中で嘆いた。嘆いて謝れば、宇佐美に謝られた。今日の自分は最低最悪の男なんじゃないだろうかと思わずにいられない。
「あのね、風間さん。今日来るって言ったのアタシの方だから、風間さんに用事が入っちゃったのとかは全然気にしてないんですよ」
「だがな」
「それにね、探しに来てくれたから」
「当たり前だろう」
「ほら。風間さんはそうやって「当たり前」って言ってくれるから、好きなの」
そう言って笑った宇佐美に風間は毒気を抜かれた。毒気を抜かれて言葉が出てこない風間は、いつまでたってもこの少女が自分の彼女になったのだ、という事実に慣れることがない。淡い思いを恋に昇華してもうずいぶん経つのだけれど。
「14日、玉狛防衛任務入ってるんです。だから先に持ってこようかなって思っただけだから」
慣れることがないのは宇佐美も同じで、気恥ずかしさを紛らわせるように彼女はごそごそと包みを出した。
今月は2月。2月の14日は―――
「こなみと二人で作ったの。美味しいと思いますよ」
微笑んだ宇佐美を真っ直ぐ見るのが気恥ずかしいほどには自分には過ぎたる女だ、と思ったりもする。風間はそんなことを思いながら彼女の膝に額を付けた。
「茶を淹れるから一緒に食べよう」
「はい」
だけれどもう少しこうしていたい。
忠誠を誓う騎士のように、彼は彼女の足を撫でた。
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リゲルは足。
2016/01/27