シンデレラ
「駄目ダメだめー!駄目に決まっとるやろ!?」
「なんでや!?ええやん!」
「あかん!友香里は今日は家に居らんとあかんのや!城になんて絶対来たらあかん!!」
ギャーギャー言い合いう声が2階まで聞こえてきて、遅番だった同居人の謙也と小石川が下りてくる。
「何してん?」
「友香里が!今日の城のパーティーに行きたいって言うんや!」
「……ええやん、別に。やって今日は国中誰が来てもええ無礼講の舞踏会やろ?ちょうどええし連れてったれや」
不思議そうに謙也が首を傾げて言った。今日の舞踏会、というのは、この国の王子の結婚相手を決める盛大なものであって、だからこそ、国中誰でも行くことができた。白石兄妹が暮らす家に居候する形の謙也と小石川、それに白石が遅番なのも、そのためだ。3人は、それぞれ城仕えなのである。夜に備えて、今日は3人ともばらばらに、遅番で出ることになっていた。
「白石の言いたいことは大体分かるんやけどな」
「え?そう?めっちゃ理不尽にしか聞こえへんねんけど」
友香里ちゃんが可哀想、と謙也が続けたら、我が意を得たり、というように友香里は謙也の陰に隠れたので、兄である白石はそれだけで阿鼻叫喚である。
「離れなさい!」
「クーちゃんが行ってもええって言うまで離れん!」
「駄目に決まっとるやろ!」
「なんでそない怒るねん!ええやん、こんな機会滅多にあらへんもん!」
その応酬に、はあっと大きなため息をついたのは小石川だ。白石と小石川は、城の警護部の部長副部長の要職にある。警護部、といえば近衛兵の監督も行う部署だから、自然と王族との距離も近くなる。
「白石は友香里ちゃんを王子に会わせたないんやろ。謙也も分かるやろ、あん王子の性格」
「……まあ、多少ひねてるけど、別にええやん。何百人と集まる訳で」
謙也は、余計に近いかもしれなかった。王宮の医療部勤めだから、王子に謁見する機会もある。『謙也さんの診察、いちいち早口すぎて聞き取れんすわ』などと言われることもしばしばだが、もうへこたれない、と決めて久しかった。
西の果ての国ではあるが、財は多いから、国内の一勤め人の妹などよりも、ずっと位の高い者も集まるだろう。そう思うと、白石のそれは杞憂にしか思えなかった。
「いやや!友香里にはもっと相応しい相手がおんねん!兄ちゃんが選んでやるから!」
「なんで結婚すること前提なん!?舞踏会行くだけやって言うてるやん!カブリエルがどうなってもええんか!?」
「脅しはアカンよ……」
呟くように小石川がたしなめたが、この兄妹喧嘩は収まりそうにもない。
「とにかく!友香里は今日は家中の掃除や!絶対やからな!服だけやのうてテーブルクロスもカーテンも全部洗濯するんや!」
「そんなんいつまで経っても終わらへんやん!」
「終わらんからええんや!遅番の俺らの分の朝飯も作る!」
「今日クーちゃんが当番やん!」
「当番交代!」
「不毛やな…」
「少なくとも城に行かせたないことだけは分かった」
兄妹喧嘩を後目に、小石川は懐中時計を見遣る。時刻は6時前。舞踏会が始まるのは9時で、そろそろ出掛けなければならないだろう。白石もそのことを分かっているらしく、妹に最後通牒を突きつけた。
「とにかく!今晩は留守番!城になん、絶対来たらあかん!」
そう言い捨てると、過保護な兄はバタン、と扉を閉めて、その城へと行ってしまった。
***
「なんやねん、あれ!って、いうてもドレス持ってへんしなあ」
一人家に残された友香里は、ぶつぶつ言いながら、それでも掃除を始める。テーブル周りを拭いたあとで、カーテンを洗濯しようと思って外したら、窓の外はもう暗い。
「今頃、舞踏会始まってんかなあ…ええなあ」
友香里だって女の子だ。兄や同居人たちがきっちり稼いで、それなりの生活をしていることは間違いないし、王都の学生なのだから文句を言うものではない、と分かってはいるが、舞踏会には行ってみたい。そんなふうに華々しい世界にお目にかかったことはなかったから。
……しかしながら、そんな彼女を前に、事は突然起こった。ええなあ、と呟いたその窓の向こうに、突然奇怪な服装をした者が現れてコンコンと窓を叩く。
「誰!?」
「開けてや。友香里ちゃんに大サービスしに来てん!」
「いやいやいや!?怪しすぎるわ!」
奇怪な格好、というのは、大きな黒帽子に、これまた大きな木の杖。そうして真っ黒な装束……森の外れの魔法使いが、そんな恰好をしていると聞いたことがあった。
「あんた、魔法使いやろ」
「ご明察!舞踏会に行きたい友香里ちゃんを助けに来たんよ!」
そう言うと、窓の向こうの魔法使いはふっと杖を振った。そうしたら、家中のカーテンが友香里の用意したたらいに勝手に放り込まれ、それからシャコシャコと洗濯板で洗われはじめた。
「え!?」
「それっ!もういっちょ!」
魔法使いが杖をもう一振りすれば、今度は付け置き洗いの食器が片付いた。
「な?信用できそうやろ?」
ここまでされたら、信用できない、なんて言える訳なくて、友香里は窓を開けた。そうしたらその魔法使いがいそいそと入ってくる。
小春、と名乗ったその魔法使いは、その魔法でてんやわんやの家の中を物色しながら、いくつかの物をそろえた。
兄に買ってもらった一番可愛い服。
いつも都に行く時に履いている革靴。
そして、白石が飼っているカブトムシ。
「何するん…?」
不思議そうに友香里が首を傾げてテーブルに紅茶を置く。小春が何某かの準備をしている間、あまりの手持無沙汰にお茶を準備していたらしかった。
「あら、ありがと!ええ嫁さんになるわ」
小春はそう言って、受け取った紅茶片手に杖を振る。
「わあ!」
そうしたら、準備されたそれらは見る見るうちに姿かたちを変えていった。洋服ははいつの間にかきらびやかなドレスになって友香里を包み、革靴はガラスの靴になって足にぴったりと嵌った。
「可愛ええやない!洗濯もお仕舞い、ドレスもばっちり、馬車もあるから舞踏会に行け…」
「馬車ってなん!?これカブリエルやん!?カブリエルがおっきくなっただけやん!?」
「細かいことは気にせんと、舞踏会に行ってらっしゃい」
小春はそう言って、カブリエル製の馬車(?)に友香里を押し込む。……驚いたことにちゃんとドアが付いていた。ただ、車輪はない。多分この脚で動くのだろうと思ったら目眩がした。
「あ、一つ忠告。大事なことよ。この魔法、夜の12時で切れてまうから、その前にちゃんとお城から抜け出してや」
ひらひらと手を振られた頃には、カブリエルがカタカタと動き出す。案の定、びっくりするほど鈍足で。
「いろいろ気になるけど、ありがと、小春さん!」
「どういたしまして!」
そんなやり取りの頃、城では舞踏会が始まろうとしていた。
***
「ひーまっ!」
「暇ちゃうやろ。ちゃんと嫁さん選ばんかい」
「嫌っすわ。みんな似たり寄ったりやん。うちの国の金目当てですやろ」
舞踏会が始まって1時間もしないうちに、王子である光は玉座に戻ってしまって、警護の白石相手に文句ばかり言っている。そんな光にため息をついてたしなめたが、光の言うことはほとんど正論だから、言い返すのも気の毒だった。政略結婚以外の幸せな結婚を望めない、というのは不幸なことだろう。王家に生まれたこと自体が望外の幸せである、などというお為ごかしの慰めすら口に出来やしなかった。
「なんか一発芸とかないんすか」
「警護にそういうことを求めない!」
「ちっ。お、せやな!一発芸の出来るお姫さんに嫁になってもらおか」
「やめなさい!」
そんなやり取りをしたって、舞踏会は続く。当の光がいなくたって、ここで商売のルートを確保しようとか、王族貴族とお近づきになろうとか、そういう輩ばかりだったから、若い王子の目にはそれが余計に疎ましく見えた。
「ちょっと!カブリエル、ストップ!」
そんな時だった。異様に巨大化したカブトムシの角が舞踏会場の柱にぶつかって、ドカッとあまり芳しくない音を立てた。
ぼんやり入口あたりを眺めていた光は、思わず「カブトムシ…?」と呟いたのだが、会場に目を光らせていた白石はそれに気がつかず、不穏な音だけが聞こえたので、光に一言言い置いて入口の方へ走りだす。だが、光は、そんな白石を後目に、その‘カブトムシ’から降りてきた女性をしっかり視認していたので、玉座から立ち上がる。「大理石やねんぞ」とか言いながら……
***
「は…!?」
白石が見に行った頃には、入口付近の柱に一角獣か何かと思しきものが付けたと思われる大きな傷跡があるほか、もう何もなかった。
原因究明のために部隊を呼び寄せたりしていたために、彼はその傷を付けた‘カブトムシ’から降りたのが、自らの妹だったなんて、知る由もなかった。
***
「おい」
「……は?」
カブリエルの事故やら何やらはあったが(その上、カブリエルが鈍足すぎて、時刻はもう11時だったが)、何とか無事に舞踏会に辿り着いた友香里は、とにかく豪勢なご飯を食べて、雰囲気を楽しんでさっさと帰ろうと思っていた。カブリエルには先に家に帰るように言った。目立ち過ぎて兄か同居人に見つかるかもしれないからだ。城からなら歩いて帰れる。夜道で一人二人撃退する手ほどきは兄から受けていたから、心配もなさそうだった。
そんなこんなで、ギリギリまで楽しんで帰ろうと思った舞踏会は思った以上にいい雰囲気だ。どこかの姫君か令嬢かと思われる女性たちが扇で顔を隠しながら談笑する、タキシードの男たちがそれに声を掛ける。…友香里ももう何度か声を掛けられたが、ここに来てガラの悪い、というか、身形だけは他の男たちよりもずっときらびやかな男に、口悪く声を掛けられた。
明らかにダンスの誘いなどではないそれに、友香里はフォーク片手に応じると、その男は紙を一枚突き付けてきた。
「なに?」
「請求書。サインせえ」
「は?」
「柱壊したやろ、カブトムシで」
「…!な、なんのことや」
一瞬答えに詰まって誤魔化そうとしたが、無表情なその男は紙とペンを突き付けてくる。城仕えの整備士か何かだろうか?と思ったがそれにしては身形が良すぎる気もした。だが、ここで壊しましたと言ったら、その請求書とやらにサインさせられて、そうしたらごく自然と家計を握る白石に様々なことがばれてしまう、と思った友香里はなんとか誤魔化そうとする。
「なに言うてん、カブトムシ?そんなんで来るふざけたヤツおるかいな」
「おるやん。俺の目の前に、カブトムシで城に来よったふざけきったヤツが」
「ふざけとらんわ!」
「ふざけとらんのか?マジなんか?そしたらほんまもんの阿呆やな。カブトムシ!」
こらえきれずケタケタと笑いだした男に、友香里は俄かに怒りを覚えた。だって、せっかくの舞踏会を楽しんでいたというのに、この無遠慮な男のせいで台無しだ。その上、この男に捕まったせいで、魔法が切れる12時が目前まで迫っていた。
「帰る!」
笑い続ける男に一瞥をくれて、友香里はくるっと背を向けた。
「ちょ、待てや!器物損壊女!」
笑い含みに言う声を背に、友香里はすたすたと歩く。だが、入口の階段に差し掛かったところで、兄がカブリエルの破壊した柱の現場検証をしているのを見つけてしまって、驚いた彼女は脱兎のごとくそこを駆け抜けた。……ガラスの靴が脱げたことなんて構わずに。
***
「あ、こないなとこで何してん?嫁さん見つかったんか?」
「……書類渡しそこねてん」
「書類!?そこまで話進んだんか!?」
現場検証の場に突如現れた王子に、白石の部下たちが膝をつく。そこで王子は、友香里の落として行ったガラスの靴を拾い上げて、それから壊された入口の柱を見た。
「とりあえず、この書類渡すんすわ」
王子は、可笑しそうに笑って言った。
***
「お帰りなさい」
「あ、友香里ちゃん。起こした?」
「大丈夫です。あれ?クーちゃんは?」
朝の9時過ぎ、遅番だった小石川と謙也が帰ってきたのだが、兄の姿はない。
小春の言う通りに12時で魔法は切れて、だけれど家事は終わっていたのだが、昨日の無遠慮な態度の男のせいで、夜は眠れなかった。やっぱり、台無しだった。
「あ、白石な。王子が嫁さん見つけてん。そやけど帰ってもうて、そん人がなんか忘れもん?したらしくて、それ手がかりに今日は国中回って嫁さん探しやって」
忘れもんってなんやったっけ?と謙也が小石川に訊ねて、小石川が「ガラスの」と言いかけたところで、玄関先が俄かに騒がしくなる。
「ここはぜーったい違うから入らんでええねん!うちからは誰も舞踏会行ってへん!」
「確認事項は確認事項ですやろ。白石部長らしくないっすわ」
「白石?」
「と、王子?早いな。ここまで来たんか」
小石川と謙也の会話も聞こえずぎょっとしたのは友香里だ。玄関から聞こえた声は、昨晩請求書を押し付けようとした男のそれによく似ていたから。
そうしているうちに、ガチャッと玄関が開いてしまう。
「あ…!」
「お…?」
そうしたら、絶望的なほど昨晩と瓜二つの顔をした男が、昨晩以上に着飾って、昨晩と同じくらい意地悪く楽しげに笑った。
「また会ったな、器物損壊女」
「ど、ど、ど!どういうことやねん!」
「人ん家壊しといて『どういうこと』はないやろ」
「どういうことやねん!!??」
……その二人の会話に、それよりもずっと大声の、つんざく様な友香里の兄の叫び声が玄関に響いた。
***
「まあ、あれっすわ。この器物損壊女が昨日カブトムシ使うてうちの柱を壊したから、請求書を持ってきた、と」
「嘘や!友香里は舞踏会来てへん!」
「せやったら試しにこの靴履かせてみましょか?もう都は回り尽くしたのにサイズが誰にも合わんのやから、履けんかったら無罪放免、舞踏会にも来てへん証明、やろ?」
「そないな書類とか聞いてへんわ!」
ギャーギャー言う兄をよそに、王子である光は、友香里を捕まえてそのガラスの靴を無理やり履かせる。
「ちょ、やめや!」
「うっさいわ、器物損壊女」
「その呼び方もやめえ!」
「お!やっぱし履けおった。請求決定やな」
言い合いもそこそこに、無理やり履かせたガラスの靴は、落とし主が友香里なのだから当然といえば当然なのだがぴったり嵌ってしまって、言い逃れの出来る状況ではなくなってしまった。
「友香里?」
「クーちゃん怒らんといて!ちょっと興味あっていっただけなん!こないなことになると思わんくて…!なあ、あんた、出世払いでええ!?クーちゃんに迷惑かけられんから、働くようになったらちゃんと払うさかい…」
「そう言われた時のため、働き口も用意しとるわ」
「ダメや!いくらなんでも柱一つでそれはないわ!友香里は俺の大事な妹やねん!売り飛ばす気ィやろ!?」
そこまではせんと思うよ…と、この一連の状況に遠い目をしながら考えたのは小石川と謙也だ。(王子にとって)ここまで面白いことが起こってしまったら、多分、もう彼は退かないだろうという確信が、二人にはあったが、そんなことお構いなしに、白石兄妹とこの国の王子の漫才めいたやり取りは続く。
そうして王子は、請求書ともう一枚、働き口と思われる書類を机の上に並べた。
「とりあえずサインせえや。売り飛ばしはせんから」
「………………どういうことや!?三千歩譲って請求書は認めるけど、これ働き口とちゃうがな!!!」
光の示した働き口の書類とやらは、兄が絶叫するだけのことはある内容の書類だった。
「昨日、一発芸の出来るやつ嫁にする言うたでしょ。カブトムシで城に来るんは一発どころじゃ済まん芸っすわ」
その一言に、白石兄妹の気はスーッと遠退いた。もはや、逃げようがなさそうなその、簡素な婚姻届と、横暴に、そうして楽しげに笑う、一国の王子のおかげで……
シャルル・ペロー『シンデレラ』