白鳥の王子


森の近くに住む少女が森を散歩している時のことでした。ちょこちょこと白鳥が寄ってきます。

「ねえ」
「ひゃあっ!?」

少女は大きな声で叫びました。当然でしょう。その白鳥はしゃべったのです。

「そんなに驚かないでくれる?元は王子なんだしさ。ひどい話なんだよ。魔法掛けられて白鳥にされたんだから」

白鳥は、至極面倒そうにそう言って、だけれど逃がす気はさらさらなさそうに少女のスカートの裾をくちばしで捉えました。

「白鳥さん、王子様なの…?」
「白鳥じゃなくてリョーマ。あんたは」
「私は、竜崎桜乃です」

少女…竜崎桜乃が正直に答えると、リョーマと名乗った白鳥は、ちょいちょいと羽を示しました。

「じゃあさ竜崎、ここについてる糸玉はずしてくんない?そうしたら飛んで城に帰れるから」
「え、あ、うん」

ここまできたら仕様がないでしょう。何が何やらわかりませんが、桜乃はその糸玉をはずしてやりました。すると、どうでしょう。リョーマと名乗った白鳥が、ふわりと浮かびます。

「飛ぶよ。掴まって」
「ええー!?」

桜乃の叫びも聞き入れられぬまま、リョーマは飛び始めます。……当然ながら、桜乃は途中で振り落とされてしまいました。


***


さて困りました。リョーマに振り落とされてしまった桜乃は、森をさ迷い歩くしかなかったからです。困った、というのは、桜乃を振り落としたリョーマのことが心配だから。羽に糸玉を括りつけられるなんて、どんなひどい目にあっているのでしょう。

「お城にちゃんと戻れたかな…でも、戻っても…」

桜乃がそんなことを思案していると、森を歩く青年に出会いました。

「やあ、こんなとこでどうしたの?」

優しそうな青年に、桜乃は今まであったことを正直に話します。そうしたら、その青年は笑って言いました。

「じゃあ、この『金の糸くり車』と『ブタの脂肉』をあげよう。あ、東に行くといいと思うよ」
「あの…」
「大丈夫。この本の占いはよく当たるから!」

にっこり笑った青年は、その二つをはじめから持っていたようです。今日のラッキーアイテムだったのかもしれません。東はラッキー方角か何かでしょうか。

「今日はこれを持って東に行って、女の子に優しくするとラッキー!」

……やはりラッキーアイテムとラッキー方角、ラッキー行動のようです。桜乃はそれを受け取って、東へ進むことにしました。

***

「腹減った……」

東へ東へと桜乃が進んだら、呻くような声がします。今度はがくっと項垂れた青年です。

「どうしたんですか!?」
「ああ、アンタ、美味そうなもん持ってるな。実は腹が減りすぎて動けねえんだ」
「あ、これですか?どうぞ」

項垂れる青年に豚の脂肉を渡したら、彼は嬉しそうにそれを食べました。どこから出したのか、簡易コンロで調理済みです。

「あのう…お礼と言ってはなんなのですが、このあたりにお城はありませんか?そこに行きたいのですが」

桜乃が遠慮がちに言ったら、肉を食べ終わった青年は笑って言いました。

「ここら辺に城なんて一つしかねえな!いいぜ、連れてってやる」

そう言うと青年は桜乃にしっかり掴まっているようにと言うや否や、ぴょーんと跳ね上がりました。
桜乃の悲鳴など聞こえていないように、何度か着地と跳躍を繰り返していたら、城壁が見えてきます。城の門の手前で、彼は桜乃を下ろしました。

「あ…ありがとうございます」
「アンタももっと跳んでみそ。空は快適ライフだぜ。肉ありがとな!」

アクロバティックな青年は、そう言って、またぴょーんと跳び上がると去っていきました。

***

さて、門番は思った以上に厳しいようです。何と言っても入れてくれません。仕方がないので桜乃はからからと金の糸くり車を回しました。それ以外にすることがないし、先程も奇跡的なタイミングでラッキーを引き寄せたラッキーアイテムなのだから何か起こるかもしれません。

「オイ」

起こりました。やはりラッキーアイテムは伊達ではないようです。

「あんた、その糸くり車…」

声を掛けてきたのは目つきの悪い、バンダナをした門番でした。先程追い返されたその人に声を掛けられて、桜乃は驚いてしまいます。そうしたら、ばつが悪そうにフシューと蛇に似た威嚇音を出されました。どうやら、追い返した手前、言いにくいことのようです。

「なんでしょう?」
「……紡いだ糸を一束俺にくれたら、ここを通してやってもいい」
「え?本当ですか!」
「本当だ!」
「は、はいっ!」

桜乃は紡いだ上質な糸を一束門番に渡しました。門番はこれでバンダナが繕える…と言っていました。
バンダナをした門番は、誰もいないことを確認すると、細く門を開け、それから桜乃に告げました。

「王子の寝間へは、左左と曲がっていくんだ…それから」

言いにくそうに門番は言い淀みます。桜乃がちゃんと耳を傾けているのを確認して、意を決したように言いました。

「王子は、この城お抱えの魔法使いの薬で眠っちまってる。助けてやってくれ」

その声は、想像以上に切迫していました。桜乃はその魔法使いが白鳥の王子の羽に糸玉を付けた魔法使いだ、と悟って、門番に礼を言うと走り出しました。左へ、左へ。そうしたら、王子の寝間につきました。


***


王子は、門番の言う通り眠っていました。眠っている…?眠っているというよりは、うなされているという体でした。うーん、うーんとうなされる、見目麗しい王子があの白鳥の王子であることは、すぐに分かりました。羽が一枚落ちていて、それから、腕には桜乃がはずしてあげたはずの糸玉が錘のように下げられていたからです。こんなにも重そうなものだったろうか、と不安になって、桜乃はその錘のような糸玉をはずします。やはりとても重く、王子の寝顔が少しだけ和らぎました。

「魔法使いの薬…」

桜乃はきょろきょろとそれを探します。寝台の横のテーブルに、牛乳瓶がありました。その隣に『身長用』と書かれた、自然界にあるまじき色の小瓶に入った液体。

「きっとこれ、じゃないかな…」

それは素人の桜乃が見ても王子を苦しめるに相当する液体に見えました。桜乃は、自分の持っていた気付け薬にそれを入れ換えました。その時です。

「だから、王子が身長を伸ばしたいと言ってきてだな」
「お前の薬は信用ならん。それと、戻ってきた越前はパワーアンクルを外していたぞ」
「お前は王子を兵卒にしたいのか、王にしたいのかはっきりしてくれ」
「王だ。この国の柱になる王にする以外ない」
「そうか。ならばやはり身長を伸ばすために薬を…」
「だから、それで越前が卒倒したと言っている!」
「だから、パワーアンクルのために城に戻れなかったと言っただろう!」
「それはお前の薬のせいで越前が白鳥などになってしまったからだ!」

喧嘩腰の会話は、どんどん近付いてきます。桜乃はとっさに王子のベッドの下に隠れました。やはり、その喧嘩腰の二人は王子の寝間に入ってきます。

「馬鹿者!薬を入れるな!」

ああ、やっぱり、と桜乃はベッドの下からそれを見ていました。魔法使いらしい人は、新しく持ってきた牛乳瓶に、桜乃が入れ換えた気付け薬を入れました。止めようとしたのは大臣のように見えます。 大臣が止める間もなく、「こういうのは慣れだよ」などと恐ろしいことを言って、その気付け薬が入った牛乳を、魔法使いは王子の口に流し込みました。

***

「今度は何!?」
「あ、起きた」
「起きたじゃないですよ、今度は何飲ませたんスか…!」

王子は、(気付け薬が入っているからですが)牛乳を飲んで目を覚ましました。

「まあまあ越前。この牛乳を一息に飲んでくれ。身長が伸びるぞ」

そう言って、嫌がる王子に魔法使いは牛乳を勧めます。どうしようもなくやけくそな気分になって、王子はその牛乳を飲みました。

「あ…れ…?不味くない…」

それはそうでしょう。気付け薬は無味無臭です。牛乳の味を損なうことはありませんでした。

「つまり、俺の薬の開発が成功したということか!」

魔法使いが盛大な勘違いをしそうだったので、仕方がなく桜乃はベッドの下から這い出しました。

「ごめんなさい!薬、入れ換えてしまって…」

目を剥いた大臣と魔法使い。それから、それとは違った意味で王子は目を剥きました。

「無事だったの…」
「知り合いか、越前」

大臣の問い掛けにも答えずに、王子は桜乃を抱き寄せました。

「あの、リョーマ…くん…だよね?」
「そう。ごめん、あんたどんくさそうなのに飛んだりして。落としちゃったみたい」

言葉は悪びれた様子もないですが、その顔は本当に申し訳なさそうです。

「アンタ、お人よし過ぎ。薬入れ換えたって、二回も俺のこと助けるんだ」
「越前、その娘はどういう…」

大臣が困ったように言ったら、王子は笑って言いました。

「お嫁さんっすよ」

「えええー!?」

桜乃の叫び声が城中に響きました。
明日は多分結婚式です。


グリム童話『白鳥の王子』