冥界少女誘拐事件


今日は、天界で普段様々な場で仕事をしている神々が集まっての定例会議だった。

「集まってもらって悪いね」

一応のトップの幸村が言ったら、同等に列せられ、権力も同じくらいの手塚が返す。

「いや、こうして意見交換と会議をしないとうまく回らないだろう。大事なことだ」
「手塚は相変わらず固かかねえ。そんなんやから嫁さんもらえんとよ?」
「お前は少々軽すぎる」

固いと言われてそれに言い返した相手は豊饒の神である千歳だ。対する手塚は、冥府の王である。


「少し相談したいのだが」
「なに?」

そんなやり取りののち、一通り定例の各神々からの報告のあとで、手塚が幸村に声を掛けた。

「最近、冥府に落ちてくる罪人が多すぎる。最近の人間には問題があるのではないのか?生前のうちに更生させる手段を誰でもいいから講じてほしい。導くのも神の仕事のはずだ」
「確かに…分かった。検討する。じゃあ、今日はこれで会議終了。手塚から最後にあった件は各自考えてほしい。以上」

それで、その日の会議は終了した。


***


「桔平!」
「千歳か。どうした?」

会議が終わって各々持ち場に戻る時に、橘は千歳に呼び止められた。

「いや、ここ2、3日ミユキが見当たらんとよ。なんか見かけんかったか?」
「ミユキが?」

訝しげに応えた橘は川の神だ。ミユキ、というのは千歳の妹である。橘は、しばし思案すると言った。

「ミユキはうちの杏とよく遊んでいるよな。杏に聞いてみる」
「頼む」

橘の妹の杏は、川のニンフで、ミユキとよく遠くまで遊びに行ったりするから、何か知っているかもしれなかった。


***


「杏、最近ミユキと遊んだろう?千歳が見当たらないと言うんだが、何か知らないか」
「ミユキちゃんが!?うーんとね、3日前に一緒に遊びに行ったんだけど、すごく気に入っちゃった花があったらしくて、先帰っていいよ、一人で帰れるから、って言われて、梃子でも動かない感じだったから、そこで別れたの。ミユキちゃんも神だから、迷ったりしても飛んででも帰れるから大丈夫かと思ったんだけど…やっぱり付いていれば良かったね。ごめんなさい。大至急ニンフたちを集めて探させるわ。私の落ち度だもの」
「いや、まあそうかもしれんが…川のニンフたちには俺からも言っておく。ミユキは小さいからそんなに遠くまで行けないだろうし、すぐに見つかると思うが…」


***


神々の会議後、手塚は地下深くにある冥府に戻るため、漆黒の馬を駆って、金の装飾の施された馬車で天を駆けていた。そろそろ冥府への入り口か、と思い地上近くに馬車を下降させると、そこに珍しくてとても綺麗な花のそばで泣いている少女を見つけた。

「どうした?」

地上に降りた馬車の上から声を掛けると、涙を流しながらこちらを見た少女が言った。

「ウチ、迷子になってしもたん!杏姉ちゃんに大丈夫とか言うたのに、全然大丈夫やのうて…!!」

泣きながら話す彼女と、杏、という言葉に、確か杏というのは橘の妹で川のニンフだから、多分この少女もニンフなのだろう、と思って、手塚は泣いているミユキを抱きかかえて馬車の隣に乗せる。

「橘たちがどこにいるか分からないし、そろそろ昼間に俺が居続けるのも限界だから、一応保護する。ちゃんと帰してやるから」
「ええの?」
「ああ。少し暗いところだが、我慢してくれ」

そう言うと、安心したのかミユキは泣き止んで、それを確認すると漆黒の馬に鞭を打って、手塚は地下深い冥府へと馬車を走らせた。


***


「どげんなっととね、ここ」
「あまり騒ぐな。いい場所ではないぞ」

玉座の周りを興味津津にぴょんぴょん跳ねるミユキを後目に、手塚はとりあえずの手がかりである橘へ宛てた手紙を書く。書類の山もあるのだが、先決の事項はこの少女の身柄の確認だ、と思ってのことだったが、ガンガンと無遠慮に扉を叩かれて、手塚は眉をひそめた。

「なんだ」
「なんだ、じゃないよ!こっちに戻ってきたと思ったら女の子なんか連れてくるし、裁きは進まないし!」

そう言いながら書類の山を置いたのは大石だ。冥府のナンバー2であるが、手塚が天界の会議に行っている間、代理で刑罰の裁判を行っていたらしい。

「こんにちは。突然誘拐されて困っちゃったね」
「……ウチ、誘拐されたん!?」
「いや、冗談だから真に受けられても…」

冥府で、手塚以外ときちんと対面したのは初めてのことだったから、大石のからかい半分の言葉に、ミユキはハッと我に返った。
確かに、この手塚と名乗った男は『保護する』というようなことを言っていたが、連れてこられた先は真っ暗な地下世界だった。誘拐、という恐ろしい発想に至らなかったのは、そういう姿を手塚が見せないから、というだけのことで、もしかしたら手慣れているからそういう姿を見せないのかもしれない…と思ったミユキは部屋の端までじりじりと下がった。

「安心しろ。取って食ったりしない…橘の関係者らしい」
「橘の?」
「そのタチバナっちゅうのウチ知らんもん!」

部屋の端でミユキが叫んだら、手塚はきょとんとして言った。

「だから、橘杏の関係者だろう?」
「杏姉ちゃんなら知っとるけど」
「じゃあお前は橘の関係者だ」
「誰ね、タチバナ!?」

堂々巡りを始めた手塚とミユキに、大きく息をついたのはそれを見ていた大石だ。

「手塚…この調子でよく今まで警戒されなかったな…」
「何故だ?」

本気で分からない、というふうに首を傾げた手塚に代わって、部屋の端で知らないと叫ぶミユキに大石は近づいて言った。

「タチバナっていうのは『橘桔平』のことだけど、心当たりあるかな?」
「桔平兄ちゃん…?」
「そう。手塚がその人に連絡取るそうだから、誘拐された訳じゃないんだ…えっと…」

目線を合わせた大石が、なんと声を掛けようか迷っていたところで、その疑問に気がついたミユキは大石と手塚を交互に見て、言う。

「千歳ミユキていいます」
「偉いじゃないか。ちゃんと言えるんだね」
「千歳…?」

手塚は、その一言に眉間のシワを深くして、それから橘へ宛てた手紙にその名前を書き込んだ。


***


「ミユキちゃんが冥府にいるですって!?」

川底の館で大声を上げたのは杏だ。それに桔平はずいっと手塚から届いた手紙を差し出す。

「地上と冥府の境の花を追っていて迷ったらしい。冥府に近づけば近づくほど戻ってくるのは難しくなるから、そこを手塚が保護した、と」

声を上げることもできず、青ざめたのは、何か新しい情報はないかとやって来ていた千歳だ。

「どういうことね!手塚に誘拐されたんか…!?」
「だから保護だと…」

もはや、妹が冥府にいる、という一点しか目に入っていない千歳に、橘は頭を抱えた。


***


「先程橘に手紙を出したから、追々迎えが来るだろう。それまで少し待っていてくれ」
「ありがと!」
「いや、冥界の花が現世に咲いていたのはこちらの手違いだ」

堅物の手塚の回答に、「それでもやっぱりありがと!」と花の咲くような笑顔で言ったミユキに、彼はむず痒いものを感じながら、一つ忠告をする。

「いいか、橘か彼の妹の迎えが来るまで、ここにある物を絶対に食べないでくれ」
「え?」

非常に重要なことだろうに、重要なことと平時の言葉の区別がつきかねるほど真面目な声だったのだけが、ミユキの中に印象として残っていた。


***


「ねえ、手塚の兄ちゃんはなんのお仕事してるん?」
「俺か?」
「うん。うちの兄ちゃんも麦が生るように畑を見て回ったりするから」
「俺は死後の罪人を裁いて、管理している……だが、困っていてな」
「お仕事で?」
「ああ」

別に、彼女に言ってもどうなるものでもないのに、手塚は思わず「困っている」なんて言ってしまった。先般の会議でも言ったことだが、このところ冥界に落ちてくる罪人が多すぎる。その一人一人に対して、罪に見合った刑罰を決めて、管理をするには、そろそろ冥府の人員と冥界の規模を拡大しなければならないくらいだった。
というようなことを、噛み砕いて言ってみたら、ミユキはきょとんと首を傾げる。

「キビシすぎるんと違うの?」
「厳しくしなければ罪人が増えるだけだ」
「やって、どんな悪いヤツかて、一生でいっぺんもいいことしとらんはずないっちゃ」
「…それは…そうかもしれないが…」

正論、というか、純真な意見に手塚は言葉に詰まる。そうしたら、ミユキは手塚の執務机に山積みにされた書類のうちの一枚に目を付ける。

「これ、知っとる」
「なに?」
「花、摘まんかった。すごく高く売れる花っちゃ。ウチの庭の花やから憶えとうよ」

神様の花の庭を摘まんのは、十分いいことやろう、と彼女は続けた。

「!…お前は、そういうことを見ているのか?」
「仕事は出来んけど、庭に来るやつがええやつか悪いやつかくらいは憶えとうよ?きっとどうしようものうなって盗みなんしたんね」
そう、ミユキは呟くように言った。この盗人が生きていた地域は、言われてみれば確かに近年飢饉に見舞われていたはずだ。

「情状酌量の余地あり、か」
「ジョージョーシャクリョー?」

ぽかんと首を傾げたミユキの頭を手塚はちょっと撫でる。

「そうだ」
「なんね?」
「お前のおかげで、この罪人の刑罰が変わってしまった」
「え!?」

驚いたようにしているミユキに視線を合わせて、手塚は言った。

「刑を軽くしなければならない。ありがとう。伝えてこなければならないから、ここで少し待っていてくれ」

そう言い置いて、手塚は執務室を後にした。

「なんね、あれ」

褒められたことだけが分かって、ここに連れてこられてからずっと緊張ばかりしていたミユキは、撫でられた髪をちょっと引っ張る。そうしたら、なんだかほっとして、ほっとしたら喉が渇いていることに気がついた。

「なんかないかな」

そう呟いてから、先程手塚に「ここにある物を絶対に食べないでくれ」と言われたのを思い出す。だけれど喉は渇いていて、そうして彼女は彼の机の上にザクロを見つけた。

「二つ三つなら、怒られんよね…?」

ザクロの小さな実なら、きっと見つからないし、少しくらい食べたって怒られやしないだろう、と思って、彼女はザクロの小さな実を、4粒だけ食べた。


***


「手塚ァ!!!」

親の仇でも呼ぶように、高身長の豊饒の神に胸倉を掴まれて叫ばれても、手塚は混乱しなかった。「千歳ミユキ」と少女が名乗った時点でこうなりそうなことはほとんど察しがついたのだから。ミユキと手をつないだ橘が申し訳なさそうにこちらに会釈をしてきて、むしろそちらの方が居心地が悪いくらいだ。

「手塚の兄ちゃんいい人やったよ」
「なん!兄ちゃんは兄ちゃんでもこいつは泥棒ばい!」
「ドロボウの兄ちゃんなん…?」
「そうばい!こいつは泥棒たい!」
「やめないか千歳!世話になったんだぞ!」

ガクガクと手塚を揺すったところで、さすがに橘が止めたが、手塚は軽く手を上げただけで気にした様子もない。 やっと千歳が落ち着いたところで手塚はミユキの頭を軽く撫でる。

「ミユキ」
「ごめん、兄ちゃんが!」
「いや、それはいいんだ。お前のおかげで冥府の抜本的な改革が行えそうだ」
「え…?」

この暗い冥府に来て、始めて見た手塚の笑みにミユキは驚いたように首を傾げた。

「礼を言う。ありがとう。気を付けて帰れ」

やわらかな表情の手塚に、何故か名残惜しいものを感じたミユキだったが、兄に急かされて手塚が用意した階を昇る……昇れるはずだった。


***


「……へ?」
「どうして戻ってきた!?千歳と橘は!?」

ぽつんと一人、階の下に戻ってきたミユキに、さすがの手塚も驚いて叫ぶ。そうしてそれから、ミユキの付けている髪飾りが冥府の色に染まっているのに気がついた。

「ミユキ…ここで何か食べたのか…!?」
「え!?なんで分かったん!?そこん、ザクロ…」
「……冥府の食べ物を食べると、現世に戻れなくなるんだ。だから…」
「うそ…」

呟くように二人で言葉を交わしたが、どうしようもない。だが、そこで手塚はちらりと机の上のザクロに目をやった。

「何粒食べた?」
「……4つだけ」
「……ではお前の方式を採用しよう。冥府の食べ物を食べたら現世へは帰れない。これは決まり事だから守らなければならない。だが、ミユキが食べたのは4粒だけだ。しかも手違いで来てしまったのだから、毎年1年のうち、4ヶ月だけ、冥府にいる、という裁量が俺の権限の限界だ」

帰してやれなくて済まない、と手塚が言ったので、ミユキはぶんぶんと頭を振る。

「ウチが悪いの。食べちゃ駄目って言われたのに食べたんやもん。ほんとに4ヶ月だけでええの?」
「いや、お前は悪くない。仕方がないことなんだ。4ヶ月は我慢してくれ」
「大丈夫!それより、そんなふうにして怒られん?」
「……お前がいなければ、思いつかない法の歪め方だったよ」


こうして、1年のうちで4ヶ月だけ、冥府にはうら若い后が現れて、冥府の罪人を測るようになった。
刑は、今までより軽くなったとも、公正になったとも言われている。
……その代わり、1年のうちで4ヶ月だけ、地上の豊饒の神が悲しみにくれるあまり、作物の実らない日々が続いた。それが、世界にもたらされた4ヶ月の寒く暗い‘冬’という季節だった。


ギリシア神話『ペルセポネの略奪』