痛い

「なあ、花京院」
「はい?」

 動きの少ない表情で、壁一面の高い書棚から本を選んでいた青年に、鉄面皮、とふと思った。17の東洋人。こちらを見ただけで恐怖してゲロを吐くくらいには繊細なくせに、それを隠すのは単純明快に『トモダチにそんな態度は良くないから』なんていう。それにしたって主従関係とか友達とかよく分からなくなっているのはもう馬鹿としか言いようがないんだが。

「真実から暴力的な振る舞いとは何だと思う?」
「はあ……?」

 不思議そうに首をかしげてから彼はふと床を見る。そこにあったのは『食糧』の死体だが、それを見ても特段心が動かないのは、これが『暴力的』と感じないからだろう。

「少なくとも、食事は暴力的な振る舞いではありませんね。殺人は良くないとは思いますが」

 淡々と言った男のこれは、肉の芽云々ではなく本心だろう。そう思うとコイツは案外『暴力』の意味を履き違えていないのかもしれない。

「肉体の傷はどうせ癒えます。死んだとしたらまあ、やりすぎたということでしょうが外傷は癒えるものです。そうして精神の傷は相手を特定しなければ与えることが出来ません。少なくとも特定の相手を意識しなければ傷つけられない」

 そう青年は静かに言う。その目を見て、顎を掬って、彼が言うようにまずは肉体に当たる首に軽く爪で傷をつけてみたが、やはり痛みでも彼は顔を崩しはしない。

「そうですね、この傷は癒えます。DIO様が私の血を必要となさるなら差し上げますし、それで死ぬとしても構いません」
「では、精神は?」
「そちらもだいたい変わりません。DIO様にお前なんて友達じゃないとか、失せろとか言われたらわたしは傷つきますが、少なくともそれで傷つくのはわたしがDIO様に認識されているからで、わたしがDIO様を大切に思っているから、という前段がなければ成立しない傷ですので、その事実だけで充分です」
「欲のない男だ」
「そうでしょうか? かなり欲深いと思いますよ」

 そこで今日初めて、その表情の少ない花京院の顔に薄く笑みが生まれた。
 ……ああ、そうだな。欲深すぎる。ありもしない、ないものねだりが深すぎる。





「だから、真実暴力的な振る舞いというのは何の脈絡もなく相手を傷つけることなんだよ、花京院」

 時の止まった『世界』。聞こえてはいないと知っていながら呟いた相手に私は興味がないのだから。

「アットランダムに、特段意味もなく、脈絡なく与えられる傷というのは肉体よりも精神よりももっと深くに作用する。誰も何も認識しないままに、意味もなく振るわれるそれこそが真実から暴力的な振る舞いだと私は考える」

 そうして。

「それをお前に与えることに、私は特段何も思わないワケだ」

 その『友人』だったらしい何かの腹を貫いて、鮮血と内臓が飛び散ったそこに、だが何も思わないどころか、むしろ以前「差し上げる」とか言われたその血は不味そうだと思った。





 エメラルド・スプラッシュで時計を貫いて、時を止めて、きっとそれがジョースターさんに伝わったと思って、それから。
 本気で初めて思った。今から死ぬという時になって、本当に初めて感じた。ぼくは正真正銘の馬鹿なんだろうな。今までの旅でも怪我なんていくらでもしたし、死にかけたこともあるのに一度も感じなかったそれを、今初めて感じた。

「痛い」




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傷をつけるということ

2025/1/13