無垢な人の魂は

「『無垢な人の誠実は、その人を導き、裏切り者の邪は彼自身の暴力に滅ぼされる。
貴重な品も憤怒の日には益がなく、義こそが人を死から救う。
無垢な人の誠実は、その正しさによって彼の道を平らにし、悪者はその悪事によって倒される』」
「はい?」

 そう言ってみればぽかんとしたように問いかけてきた花京院という青年の前に紅茶を置いてみる。

「箴言の十一章あたりでしたかねぇ。ああ、聖書です。あなたはブッティストでしょうから分からないですよね。ま、私も詳しくはないですけど確かキリスト教です。あれ? キリスト教? でもこれ旧約聖書では? まあなんでもいいですけど、昔のガールフレンドが熱心に教えてくれたもので、あなたを見ていて思い出したんですよ」

 そう言ったら彼は可笑しそうに笑った。DIO様は鉄面皮だの面白みがないだのと言うが、こうやって笑うところを見ると案外年相応のガキに見えるからこそ、先程のようなことを思い出すのだろう、と思うのも気のせいではないだろうし、まあDIO様が酷すぎるから笑わないのでは? としか思えないんですけどね。

「ダービーはキリスト教徒ではないのですか?」
「私ですか? 生まれは英語圏ですからね、まあ文化的キリスト教徒といったところでしょうが、あまり熱心に何かを信仰したことはなかったな」
「DIO様以外は、ということ?」
「あなた、ほんっとうに面白いくらいあの方のこと信奉してますよね」

 そう言ったらまた笑ったが、嬉しそうなのもそれはそれでどうなのだろう、と思いつつもまあ嘘ではないし、と私も紅茶を飲めばティーカップの縁をなぞって彼は言う。

「でも、そのガールフレンドも人形にしてしまったのかな……ああいや、人形にしたのなら今も大好きなのだろうから、今はもう別れた人ですか?」
「……私が言うのもなんですけども、あなたって下衆野郎とかクズ野郎って女の子に言われたことあるでしょう?」
「……彼女いたことない」
「うわぁ……」

 慰めの言葉も出てこないし、アトゥム神がいなくても嘘をついていないことはすぐに分かるくらいには正直に言われて、何だコイツ、と思ったがまあ分かってはいたことだし、と思い直してもう一口紅茶を飲む。

「ま、あなたの言う通り今はいませんよ。一晩だけで後腐れなく別れた程度、というか人形にしようと思うほどの魂の相手でもなかった……んでしょうかねぇ?」
「分からないんですか?」
「んー、まあ。今になってから考えると言われたこととか覚えてるんで、印象には残っている相手だったんだろうなあと思った、というだけです。後になってから「あー、あの時寝たコそういやあんなだったなー」とかふと思い出す、みたいなのありません?」
「……本当にそういう経験がないので」
「チェリー……」
「はい!?」
「こんな話題で目を輝かせないでください、気持ちが悪い」

 比喩が好物だったからか急に喰いついてきた顔をとりあえず手で払って、それからまた考える。
 ……彼女は確かに、私に熱心にあの言葉を伝えようとした。それは信仰ではなく、本当にまるで歌や詩を聴かせるように。
 そのソロモン王が作ったという歌の通りに世界が回ればいいと、メルヘンな世界を唄うように。

「どうしてですかねぇ……ファンタジーやメルヘン、とは言いません。そういう人間や生き方も少なからずあるだろう。私は確かにそういう魂が好きだ。それは私自身がそうではないからでしょう」

 不思議そうに首を傾げたその青年……いや、少年は、確かにその詩の通りの存在のようだと思った。
 そうやってその通りにここにいて、そうやってその通りにただ死ぬのだろう、と思った。

「ま、ファンタジーじゃあないんですから、そう上手く運びはしないでしょうけれども」





「最初の対戦相手には花京院を希望します」

 笑って言ってやった。この少年は『絶対に』断らないのを知っていたからだ。
 私の提案に騒ぎ出すジョースター家のジョセフと承太郎を余所に、サングラスの下の目は見えないが、彼が私の仕掛けたこの賭けを断るはずがない、とあの日に唄った詩を小さく口ずさむ。

「『無垢な人の誠実は、その人を導き、裏切り者の邪は彼自身の暴力に滅ぼされる。
貴重な品も憤怒の日には益がなく、義こそが人を死から救う。
無垢な人の誠実は、その正しさによって彼の道を平らにし、悪者はその悪事によって倒される』」


 無垢な誠実があるように、無垢な悪がある。
 無垢な愛があるように、無垢な無関心がある。
 貴様が邪に怒るのならば、私は裏切りに憤怒しよう。
 正邪など、正義も邪悪も、立場によって入れ替わる。

 絶対的なものを持たないからこそ、私は『信仰』というものを持たなかった。
 だが、貴様は絶対的なものを感じたからあの方を信奉したのに、その道を正しくないと倒そうとするのなら、せめてその道と魂くらいは示してみせたらいい。

「魂を賭けよう」
「グッド!」

 そうでなくては。

「私は以前から、あなたの魂をコレクションしておきたいと思っていたんです」

 あの一晩限りのガールフレンドよりはずっと、ね。




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ゆるせないこと
2025/1/13

(引用はタナハ・カトビームの1・箴言第11章4節から5節、訳:管理人)