「寝んなよ」
口を衝いて出た雑言は、しかし正論だった。研究室の一角で寝ているのは、研究室長だ。
阿近は、書類と彼女を見比べて、それからその手元の書類が研究室長への提出書類であることを確認すると、その室長―ひよ里の髪を軽く引っ張った。
「何寝てんだよ」
それで起きるかと思ったが、どうにも起きる気配がない。
「はあ!?起きろ!」
それどころか、頬杖をついて不安定に寝ていた身体が、髪を引っ張る阿近の方に傾いで寄り掛かってきた。椅子から転げ落ちそうになったひよ里の身体を、転がしておくわけにもいかず、阿近は小さい体なりに彼女を抱き留める。
「なんだ…疲れてるのか」
彼女の顔色を間近に見て、阿近は眉をひそめる。僅かに青ざめた頬、多分徹夜だろうな、と彼は考えた。
「けっこう真面目に仕事してるんだな。寝るけど」
副隊長業務をこなしながら、技局の仕事もこなすひよ里は、案外多忙だ。
そう考えると、寝かせておいてやってもいい気がする。そんな気がして、幼いながらいつもひよ里を甘やかしている自覚が、彼にはあった。
抱き留めた身体は、自分よりもずっと体温が高くて、まるで子供のようだ、と己のことを棚に上げて彼は考える。
子供のようだけれど、彼女は間違いなくこの隊の副隊長で、曲がりなりにも研究室長で、そうして、その肩書きに見合った責務と責任を負っているのだ、と思ったら、少しだけ甘くしてしまうのもいいか、なんて思う。
そうは言っても、そろそろ室長殿の判をもらわねばならない。
腕の中の彼女の寝顔を見ながら、阿近は起こすか起こすまいか、起こすのだったらどうやって起こそうか、考える。考えて、それから、その頬の雀斑に小さく口付けた。
「起きろ、馬鹿」
やわらかなそこに口付けて、小さく言ったが、それが彼女を起こすことなんて、到底ありえなかった。
そうして彼は、もう少しだけ、腕の中にこの口喧しい‘上司’を置いておこうと思った。
頬のキスは親愛