髪を弄るのが好きだ。もちろん、自分の髪なんかじゃない。
 彼女の、黒く艶やかで長い髪を弄るのが好きだ。
 柘植の櫛がするすると長い髪を通り過ぎる。相変わらず、絡みもほつれもなかった。そのやわらかな感触が、ひどく好ましい。

「終わりましたか」
「まだ」

 俺は彼女の髪を長いこと弄っていて、先程からずっと、まだかと問われているのだが、駄々をこねる子供のように、俺はまだだと言い募って、髪を玩んでいる。
 やわらかな髪、静かな午後、終わりのない遊び。
 俺は彼女の髪を一掬い指にとって絡める。するすると絡みついて、絡みついたそばからそれは落ちていった。結われていない髪は、艶めく黒で、彼女の白い項を彩った。

「綺麗だな」

 思ったままを口にしたら、瞬間彼女の耳が赤みを帯びる。恥ずかしがらせるようなことを言った自覚はないが、恥ずかしがるならそれもまた重畳というものだ。
 上官の髪を玩んで昼を過ごす、なんて、贅沢どころか無礼極まりない午後の過ごし方だが、それが幼馴染というか、兄妹のような関係であるところに戻ってくれば、なんら不思議も、無礼もない気がした。
 無礼、か。兄妹のような関係でなくとも、無礼などではないとも、と言い訳めいた、だけれど傲岸不遜な思考が脳裡を過る。
 幼馴染、兄妹、という関係でも、上官と部下、という関係でも、俺はいつでも彼女を思う。彼女を慕う。
 それは、揺るがしようのない事実で、真実と言ってやってもいいほどだった。
 どんなことがあっても、思い慕おう。恋慕うかどうかなどは、もはや問題ではないくらいの階層で。それでも、それを恋慕と呼ぶなら、それもまたそうなのだろう。それでも、いい。どんな時でも、彼女を思う。それだけがすべてだ。
 そろそろ、執務に戻る時間が迫っていた。髪を結い直さなくては、と思って、髪油に手を掛ける。

 その花の香りのする金色の液体を彼女の髪に振りかける前に、俺は少しだけ、そのやわらかな髪に口付けた。


髪のキスは思慕