どこにも行かないでくれ、なんていう、陳腐なセリフは、荒い息を零し、血の匂いをさせる彼女を前に、出てきやしなかった。
百年を超える長さで横たわる月日の間、何処かに行ってしまった彼女は、今俺の目の前に臥している。
「生きているんだな」
息遣いが、血の匂いが、拍動が、彼女の生を告げる。生きているひよ里、という存在を、だけれど俺は長いこと感じていなかった。
もうどこにも行かないでくれと言っても、きっとお前はどこへでも行くのだろう。
何も言わずに、あの日の様に。
氷嚢の載せられた額から、ツウと水滴が滴って、そのまま首筋に落ちた。融けた氷か、汗かは分からない。
その水滴に、俺はふと手を伸ばす。冷えたその感触をたどって、そのまま首筋を骨ばった指がなぞった。
今ここで。
今ここで、この首を絞めてしまえば、或いは彼女はもうどこにも行かないだろうか、などという、ひどく浅はかで、そうして、実質の伴わない願望が、うっそりと鎌首を擡げた。
指は、だけれど彼女の首に絡む前に離れた。
「生きているお前に会いたかった」
ひび割れた笑みが落ちる。意識を失っている彼女には届かないだろう笑み。
歪んだ笑みだと知っている。歪な笑みだと知っている。
百年経っても、少しも変わらない貴女へ向けた笑みなのだから。
俺は、指の代わりにその首筋に唇を宛てた。
塩辛い味がして、それが彼女の生を告げた。
首筋のキスは執着