「お前、何時から煙草吸ってん?」

 簡素な壁に背中を預けて俺は煙草を吸っていた。百年以上振りの再会である。

「さあ」

 嘘をついた。本当は、お前がいない空白を埋めるためだけに吸い始めたこの煙草を、俺はだけれどお前なんか抜きにしているようにしてしまう。本当は、叫び出したいほどこの空白が耐えがたくて、耐えがたくて吸い始めたこの煙を、お前は許すだろうか。

「お前は」
「戻らんで」

 言い差した言葉に重ねるように、彼女は言った。この空白を、見抜いていると言うかのように。重ねる言葉はひどく強いはずなのに、それはどこかやわらかだった。空白など、感じさせないほど自然な声色。

「戻らん。ウチは死神が嫌いや」

 嫌いな物の内に自分が入っていることに、だけれど少しだけ安堵したのも嘘じゃない。


 嫌いでいてくれ。
 頼むから嫌いでいてくれ。
 許さないでくれ。
 頼むから赦さないでくれ。


 百年。何一つ出来なかった俺を、嫌いだとはっきり言ってくれる彼女が、だから何より嬉しかった。

「やけど」

 その声は、どこまでも静かで優しかった。否定してくれていいんだ、と思っていたのに。

「お前が悪い訳と違う」
「俺が悪いんだよ」

 何が悪いのか、なんて、もう分かりはしないけれど。
 視線を静かに流したら、飛びかかるような動作で彼女は煙草を俺の口許から取り上げた。

「餞別や」

 言葉の後に、一瞬だけ唇にやわらかな感触が落ちた。


 あの日言えなかったさよならと、餞を、今ここで。


「じゃあ、俺からも」


 最初で最後の口付けは―――


のキスは―――