口寂しいったらない。
だらしなくも風邪を引いて、その結果、自隊の副隊長殿に煙草を取り上げられた。
今年の風邪は気管支系らしくて、成程確かに咳が出る。煙草は得策ではないだろう。だけれど、口寂しいったらない。
「書類」
書き上がったそれは、風邪を引こうが嵐が来ようが変わらぬ仕事である。ブラック企業というのが最近現世で流行っているらしくて、ここはそういう監査とかないのだろうかと、至極非現実的かつ現実逃避的思考をしてしまった。
「先程も申し上げましたが、お休みになってはいかがですか」
書類、とだけ言って、副隊長殿にそれを手渡したら、そう言われた。休み、か。そう言われれば、ブラック企業は休みをくれないらしいが、ここは休みくらい取れるのであるから、ブラックなのは従業員の自分の方だと思った。
「なんかしてねえと、落ち着かねえんだよ」
根っからの研究員体質である。自分でもあきれるほどの。そうして今は、口許に収まっているはずの煙草がないから、余計に落ち着かない。
「煙草はお前に取られたし」
恨み事を言ったら、彼女は困ったように書類と俺を見比べる。見比べて、それから突然椅子から立ち上がった。
「なっ…!」
可愛らしい音がして、一瞬唇が重なる。
「何してんだお前!」
「風邪はうつせば治ると、荻堂八席が」
「馬っ鹿じゃねえの!?」
四番隊の人間がそういうことを吹聴するな馬鹿野郎!と思った。思ったけれどあの馬鹿なら絶対言うと思った。あとで絶対締めてやる。
「それに」
「あ?」
「口寂しいのでしょう」
微笑んで彼女が言うから、これは一本取られたな、と思った。
「休み取るか」
「そうなさってください」
やわらかに微笑んだ彼女に、今度は俺から口付けた。
唇のキスは―――