初めて女を抱いた夜に、俺はひどく居心地悪い思いをした。なめらかな肌も、柔らかな髪も、漂う甘い香も、そのどれもが、一人きりの『女性』を思い出させたからだ。居心地が悪い、と思ううちは良かった。その居心地の悪さの根源に気がついた時に、くらりと目眩を覚えた。
 女性らしいところなんてなかった。背も低く、口も悪く、態度はぞんざいで、言葉より先に手が出る。そんな『女』が、昔、いた。彼女のことを、女と思ったことなど一度もないつもりだった。だが、触れた指先の温度が、高く耳を貫く声が、己と大差のない肢体が、その全てが、女性という存在として、己の中に深く根付いていたことを、彼女が消えてから何年か、何十年経ったか分からないその時に、俺は認めざるを得なかった。
 美しいというよりは、愛らしいと言うべきで、そもそもにして、女性らしさ、というものとは無縁の存在だったようにも思う。だが、傍近くに体温を感じた女性というのは、多分彼女が初めてのことだった。
 それは、初恋に似ていなくもない。だが、初恋と呼ぶにはその関係は希薄だった。彼女との間の関係が希薄だったわけではない。近しいことには違いなかったが、『恋』というものや『女』というものから、彼女と己の関係は、ひどく遠く、そのような観点から見るならば、その関係も希薄だった。




「ほんま、嫌んなるわ。あのガキがこないになるなんて。ちっこい時は可愛げっちゅーもんもあったけど、こうも背ェが伸びると、そないなもん、なくなるな。ただのハゲや!」

 彼女の口から出てくるのは相変わらずの罵詈雑言ばかりだった。百年ほどの月日を経ても、彼女は何も変わらなかった。変わったのは多分、己の方だ。
 煙草は口に馴染み、声は低く落ち着いた。彼女の言う通りに背も伸びた。もう、子供だった頃の自分、彼女の隣に立っていたはずの自分というものを、俺は丸ごと失っている。

「初恋なんかじゃない」
「……?」

 だが、変わらなかったこともある。変わらなかった、と言うよりも、変えることができなかった、と言うべきだろうか。

 ―初恋なんかじゃない。

 その感情が、隣に並び立つ女に向けられたその感情が、初恋、などという柔らかで清純な言葉によって片付けられるものではないと、己の横で眠る、名前も知らない女の髪を梳いて気がついた。
 目眩を覚えるような、その感情。

「初恋なんかじゃない」

 もう一度、繰り返す。初恋などではない。彼女を見据えると、彼女は居心地悪そうに一歩下がる。その腕を、何の躊躇いもなく俺は掴んだ。

「初恋?笑わせるな。そんな優しい感情な訳がないだろう」
「阿近、やめ…」

 思わず乾いた笑みが漏れて、彼女はジリッともう一歩下がろうとする。だが、それは、百年前よりも成長してしまった俺の手によって阻まれた。
 凶暴な感情を押し殺すように、俺は彼女の手首に口付けを落とした。


手首のキスは欲望