かたりと扉が開く音がして、まどろんでいたひよ里の思考はわずかに浮上する。
「誰…や」
ひよ里の声は、掠れて響く。近づいてくる気配の霊圧を探ることは、熱が邪魔してできなかった。
藍染との戦いののち、卯ノ花によって治療を受けたが、彼女は未だ臥せっていた。
―誰でも、ええか
どうせ、平子あたりが氷嚢の替えでも持ってきたのだろうと思って、ひよ里は、目を開けるのも億劫で、また眠りの淵に落ちる。
覚醒と眠りの狭間で、気配は確かに近づいてきた。
「…ひよ里」
熱のせいか、水を通したように、己の名を呼ぶ声がした。そこで、ひよ里の意識は俄かに覚醒へと向かう。
「誰…や…?」
それは、聞いたことのない声だった。目を開けようとするが、薬のせいだろう、どこか重たくなってしまったような瞼は、なかなか言うことを聞かない。そうしている間に、気配はどんどん近付いてきて、ひよ里は思わず布団の横に置かれた愛刀に手を伸ばそうとする。その手を、ひやりとした体温の手が捕まえた。
「……?」
ひよ里は、薄っすらと目を開ける。視線の先で、己の手を取る男は、やはり見覚えがなかった。敵意は感じられなくて、余計に何が起こったのか分からなかった。
「ひよ里」
今度はもっとはっきりと、自分の名が呼ばれるのが聞こえて、ひよ里は、もう一度よく考えてみる。だが、熱や傷で、意識が朦朧としていることを差し引いても、その声にも、その姿にも、覚えはなかった。
誰か、ともう一度問おうとした時だった。男に取られた掌に、柔らかな感触が落ちる。
「もう…どこにも行かないでくれ」
男の息が掌にかかる。手を取った肌の温度と違って、それは温かさを帯びていた。もう一度、柔らかな感触が掌に落ちる。
「頼むから、もうどこにも…」
己の掌に額を付けるように身を折っている男の髪から、薬品の匂いがして、ひよ里は百年以上も前のことを思い出した。こんな匂いの漂う場所があった。そこは己の職場だった。きっと、永遠に、取り戻すことのできない、場所―
懐かしいと思う。ひどく、懐かしいと。こんな男のことなど、少しも知らないのだけれど。こんなふうに、己の手に縋って泣く男のことなど、多分、知らないのだけれど。
掌のキスは懇願