俺はカミを信じない。
 神、などという者が居るとして。
 神、などという物が有るとして。
 全てを奪ったくせに。

「信じるとすれば」

 瞬間?時間?それともなんだ?何なら俺は信じられる?
 全ては失われた。神に希えば赦されること、助かること、そんなものありはしない。全てを奪うそれが、カミである等と、俺は信じない。信じないし、神など知らない。

「お前もいずれ失われるのか」

 だけれど失われてもかまわない。何れ失われゆくならば、俺は敢えてそれを選択しよう。
 全ては失われた。
 俺は信じるべき神を持たない。
 残酷に過ぎゆく時の中で、だけれど代わりに、俺は失われゆく彼女を信じよう。

 座る彼女は、ひどく静かな視線をしていた。硝子のような瞳、陶器のような肌。だけれど、それらはすべて失われゆく物だと知っていた―――かつてそこに座った唯一人の女が、何も告げず、誰にも知られず、失われた様に。


 いいえ、わたしは神を持ちません。
 いいえ、わたしは‘貴女’以外を信じません。


 代わりゆき、失われゆく、完璧なる貴女以外を、俺は信じない。

 俺は真っ白なその爪先に口付けた。誓う様に。あの日失われたカミを、飛び越す様に。
 黒く長い髪が、頭上でさらさらと流れた。


爪先のキスは崇拝