彼女の手をゆっくり取る。静かに、静かに、その手を取る。
 彼女の手は冷たかった。白い壁。たゆたう煙は、その白さに比べれば、どこか濁っているように思える。煙草を灰皿に押しつける。

「どうしましたか?」
「どうも」

 静かな問には否定を述べる。静謐だった。なんの音もない世界に投げ込まれたような気がする。
 書類を受け取るはずだった彼女の手を取って、俺はその指先に口付けを落とす。

 整った爪は、桜貝のような色をしていた。透き通るように白い肌。細い指。その、小さな指先に、口付けを落とす。

「どうなさったのです」

 彼女は、どこか困惑したように言った。作り込まれた指先、声、髪、肌―全てが愛おしかった。同時に、全てを作り変えたいと思う。

「静かだな」

 だが、その思考とは全く別の言葉を俺は落とす。静か、か。静かだ。こうしていると、彼女の心音さえ、俺の心音さえ、聴こえてしまいそうな気がした。
 指先から溶け合って、この愛おしい少女を、作り変えてしまいたいと思う。だが、と考える。作りかえると言ってもどのように?俺が愛するのは、今まさに目の前に佇む少女なのに。例えば、口付ける指先から、俺と混じり合ってしまった彼女なんて、要らないと思った。

 だけれど。それならば。

 こうして口付ける指先から、彼女を食べてしまおうか。


指先のキスは愛情